狐鬼 第二章
思いも掛けない
余(あんま)りな対応に唇を尖らせる
少年を余所に第三眼が是又(これまた)、浮き浮きで言い捨てる
「 お前の(笑)「巫女」、死ぬぜ〜 」
「 お前の(笑) 」と揶揄されて若干、気色ばむも
「 死ぬぜ〜 」とは此れ如何に?と改める
肩を上下させる身体(しんたい)を「影」に委(ゆだ)ねる
途切れ途切れの呼吸を吐(つ)く少女の様子を文字通り、観察する
「 此処の「闇」に 」
「 お前の「闇」に耐えられなくなってきてる 」
(第三眼の)物騒な発言とは遠く
当の本人(ひばり)の意識は「闇」等、他人事(ひとごと)のような場所にいた
此処は
此処は何処なのだろう
何処迄も
何処迄も続く、芒が原
酷く
酷く懐かしい
何時かも似た、此(こ)の悠悠たる腕の中にいた気がする
彼(あ)れは何時なのだろう
彼(あ)れは「誰」の腕の中なのだろう
母親ではない
況(ま)してや父親でもない
此の胸に根付いている「想い」は父親に対してのものではない
此の胸に根付いている「想い」を馳せれば
「誰」に辿り着くのかも知れないが生憎、みや狐でない事は分かっている
みや狐は
みや狐は「巫女」となった自分に触れた事はない
「影」の胸に凭(もた)れたまま
力なく項垂れる少女がひっそりと笑みを浮かべる
では一体、誰なのだろう
こんなにも愛(いと)しい
こんなにも恋しい腕の主は一体、誰なのだろう
藍白色の着流しに身を包む、人影が振り返る
琥珀色の、御河童頭
琥珀色の、狐目
青く、透き通る白い肌
其の美しい顔は、此の世の枠の外
突如、記憶の中に鮮明に映し出される「人物」
誰?
貴方は誰?
如何にか思い出そうとするも
如何にも思い出せない
有ろう事か
(記憶の中で)歩き出す
幼くも凛とした背中を慌てて追い掛ける
貴方は
然うして
自分は「名前」を読んだのだろう
「名前」を呼ばれて立ち止まる
琥珀色の御河童頭を流して振り返る、貴方が差し出す手の平に
自分は含羞み、微笑む
然う
誰でもいい
誰でもいいのだろう
貴方の腕の中で
自分は此の上ない程、満ち足りる想いで「最後」を迎えた
ああ、然うか
其処で漸(ようや)く気が付く
ああ、然うか
此の記憶は「前世」の記憶なのか
合点がいく也(なり)
少女に「最後」の記憶が甦える
忍びない
忍びない
貴方を残して逝くのが忍びない
許して欲しい
許して欲しい
貴方を残して逝く自分を許して欲しい
もう会えない
もう貴方に会えない
心が震える
身体が震える
腕の中で抱(いだ)く
自分を引き寄せる、貴方の声が聞こえる
「待っている」
「お前を延延、待っている」
「此の「社」で」
瞬間、少女の身体が大きく仰け反る
「 止せ 」
「 洒落になんねえぞ 」
何時にない
真面目な口調で忠告する第三眼に応じもせず
少女の手に触れる少年が目の前の顔面(かお)を見詰める
其れこそ穴が開く程、見詰める
愈愈、見兼ねる「影」の唇が開(ひら)き掛けた瞬間
少年が笑みで歪む顔で応じる
其れでも
其れでも容易く
此方側を覗ける人間だ
死太(しぶと)く生きるだろう
流石に其の意見には同意し兼ねる
第三眼の乾笑が遠慮なく響く中、少年は止(とど)めを刺す
「まだ間に合うよ」
「まだ「関心」は貴女にある筈だよ」
触れる少女の手から
引き剥がす自身の手の平を眺めて数分、少年は懇願する
「白狐を呼んで、ひばり」