狐鬼 第二章
『思えば中学時代、修学旅行時に購入した旅行用鞄』
『集団生活をする上で自身の持ち物には名前』
『旅行時の持ち物には連絡先を明記するのは必須だ』
『必須というより、強制だ』
『旅行用鞄も例に漏れず』
『個人情報管理に危機感がない、といえば然(そ)うなのだろうが』
『今回は此(こ)の名札の御陰で自分の身元が証明された』
『其の為に白狐が旅行用鞄から捥(も)ぎ取ったのだろう』
然(そ)うして母親から差し出された「名札」
「彼(あ)れ何処(どこ)だろ?」等、呟(つぶや)きながら「立つ鳥跡を濁(にご)さず」
整理した自室を見回したが思い至(いた)る
抑(そもそも)、受け取った記憶がない
名札が取れたまんまの旅行用鞄を抱えて門扉(もんぴ)の外で待つ
白狐の側へと急いだが矢張(やは)り、其(そ)の短髪の黒髪の姿には慣れない
其(そ)れでも翡翠(ひすい)色の眼が
其(そ)れでも「変わらないモノ」がある事を教えてくれる
然(そ)して白狐と一緒に歩き出すも背後から吠え声がした
吃驚(びっくり)して振り返れば
満面の笑み(表情)を浮かべたしゃこが駆け寄る
遙遙(はるばる)、引き綱を引き摺(ず)りやって来た
しゃこは如何(どう)やら連れである母親の手から脱走してきた様子だ
思わず隣りの白狐を見上げる
自分の視線に「気付かれた様だ」と、説明してくれた
取り敢(あ)えず両手を広げて、しゃこを迎い入れる
抱き上げた途端(とたん)、顔面(がんめん)舐(な)め捲(まく)られるのは御約束だ
何時(いつ)もは遠慮して欲しい行為(こうい)も今日は特別
「しゃこ(獣)は例外だ」
多少、苦苦(にがにが)しく宣(のたま)う白狐に向かって身を乗り出す
遊ぶ気満満のしゃこの名前を呼ぶ母親の声が近くなる
「しゃこー、しゃこー」
小走りで此方(こちら)に来る母親の姿にしゃこが「!!わん!!」と、返事をした
「嗚呼(ああ)」
「如何(どう)も済(す)みません」
余所(よそ)行きの笑顔で会釈(えしゃく)する母親を前に言葉が出ない
分かっていた
分かっていたのに「心」の整理が付かない
動けずにいれば、腕の中のしゃこを白狐の手が引き剥(は)がす
其(そ)の時、しゃこは何かを感じ取ったのかも知れない
御礼(おれい)を述べて受け取る母親に抱き抱えながら延延(えんえん)、吠え続ける
「如何(どう)したの?」
「今日は御散歩、もう少し後にしようか?」
しゃこを宥(なだ)めつつ門扉(もんぴ)に手を掛ける母親を見送る
不図(ふと)、指先に触れた白狐の指を掴んだ
然(そ)うでもしなければ今 直(す)ぐにでも帰ってしまいそうだった
何(ど)れ程、其処(そこ)にいたのだろう
何(ど)れ程、其処(そこ)で泣いていたのだろう
漸(ようや)く行き過ぎる人の視線が恥ずかしくなり
洟(はな)を啜(すす)る、鼻を袖口で(ぉい?)拭(ぬぐ)って気が付いた
掴んだ白狐の手が、自分の手を掴んでいる事に気が付いた
振り仰(あお)ぐ白狐の翡翠(ひすい)色の眼が教えてくれる
「何も変わらない」
「何も変わらない」と、信じたい