バレずに済めばいことだもの
まったくだ。オレの方が詐欺に遭ったみたいなもんだ。オレの方がむしろ被害者なんじゃないかな。悪気があってしたことじゃないのにこれで人生おしまいなんて、そんなの不公平だろう。
そうだ、全部あの女が悪いんだ。あんな女は殺したって文句なんか言えないはずだ。
そうだ、殺そう。殺してしまおう。やるならもう今日しかない――。
きみはそう考えた。今この時にこんな放送をオレが見ることになったのは、神の導きによるものだ。あの女を神が殺せと言ってるんだ。それですべてがうまくいく。きれいさっぱり解決だ。神様、どうもありがとう!
「しかしそれで殺すというのは、あまりにやることがムチャクチャですよね。捕まるに決まってるじゃないですか」
「自分の名前で式場の予約もしてるんですからねえ。けれどもそれがもともとなんにも考えてない人間だから、まったく気づかないんでしょうね。銀行強盗や誘拐もやるのは大抵計画性のない人間ですよ。返すことを考えずにお金を借りて、借金が凄い額になっちゃって、こうなったら誘拐でもやるしかないとか――で必ず言うんです、『うまくやれば絶対捕まるはずがないと思っていた』と。失敗なんかするわけないと本気で考えるんですね」
きみにはもう、テレビの声など聞こえてなかった。さっきからカタカタ震えてしょうがなかった手に掴んでいたグラス。中の酒を一気に呷る。
今夜はもうずいぶんな量を飲んでいた。立ち上がると足がちょっとフラついた。
赤ん坊を抱いてた妻がきみのようすを見て言った。
「どうかした?」
「ちょっと出てくる」
「今から? ねえ、クルマ運転しないわよね」
「大丈夫だよ」
言いながらキーを取り上げた。これくらいの酒なんでもない。明日になったらもうすべては手遅れなんだ。何がなんでも今夜のうちにカタをつけてしまわなきゃいけない。
大丈夫だ。うまくやれば絶対捕まるはずがないさ!
作品名:バレずに済めばいことだもの 作家名:島田信之