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~王を導く娘~観相師

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「観相の術にございます」
 大王大妃の反応は、いささか大仰ともいえるほどだった。
「観相とな?」
 ますます興味を惹かれた様子である。裏腹に、明華は終始落ち着いた態度で通した。
「観相師と呼ばれる者がこの広い都にはおりすますのを大王大妃さまはご存じでしょうか」
 大王大妃は一も二もなく頷いた。
「おお、知っておるぞ。人の顔を見て、様々なことを言い当てる占い師のごときものじゃな」
「さようにございます」
 明華はさも感心したように言い、また薄く笑った。
 大王大妃が身を乗り出す。
「観相師は占う者の未来をも読むと聞く。それは真か?」
 明華は畏まって頷いた。
「仰せの通りにございます」
 大王大妃が知らず溜息をついた。感嘆とも取れぬ声を洩らし、明華を見つめる。
「章興君の治療をしたというが、あの子の未来は読めたか?」
 明華は頷いた。
「どのような未来であった?」
「王子さまはいまだご幼少ながら、秀でたお顔立ちをされておられます。眉間が狭いのは多少神経質であり、何事も完璧さを追い求める潔癖なご性格を示しますが、眉は程よい凜々しさを保ち、お口許も引き締まっておられますれば、天寿をまっとうされることでしょう」
 大王大妃が我が意を得たように頷いた。
「王子が引きつけを起こしたのは、これが初めてではない。内医院の役立たずの医官どもは、あの子が生まれつきひ弱ゆえだと申し、成人まで長らえられるかどうかも知れぬと言うたぞ」
 明華は小首を傾げた。
「私はただの観相師にございます、大王大妃さま。古今東西の医学の粋に精通した御医令監さま方のお考えは判りかねますれど、この世の中にはどれだけ文明が進もうと、いまだ謎もございます。私が学んだのは、天の理によって導き出される人の運命を読むこと。それ以上でも以下でもありません。私の観相では、王子さまは間違いなくご長命と出ております」
 大王大妃は幾度も頷いた。
「確かにのぅ。御医たちが匙を投げた王子の引きつけをも、そなたは見事に治した。わらわは、頭の固い医官どもよりは、そなたを信ずるぞ」
「ありがたいご諚にございます」
 殊勝に頭を下げる。
「章興君は、大切な世継ぎとなる子だ。たいしたことがなく重畳であった」
 頭を下げて大王大妃の言葉を聞きながら、明華は、やはりという想いだった。
 大王大妃は、ヨンを廃位するつもりなのだ。いや、廃位などという生温いことではなく、暗殺という手段を選ぶのかもしれない。いずれにせよ、そう遠からぬ未来に、大王大妃は行動を起こすつもりだ。
 明華はヨンの反正だけでなく、大王大妃のこの悪巧みをも阻止しなければならない。
 大王大妃がおもむろに言った。
「王子がまた引きつけを起こせば、そなたを召し出すとしよう」
「私ごときでお役に立ちますならば、歓んで参上致します」
「うむ」
 大王大妃は満足げに言い、背後に控える尚宮に顎をしゃくった。
「あれを」
 大王大妃より恐らくは数歳若いであろう尚宮が小さな包みを捧げ持ち、文机に置いた。
 よく見ると、はんなりとした桜色のチュモニである。大王大妃がすんなりとした指先でチュモニを取り上げ、逆さにした。
 中から現れたのは、翡翠と珊瑚の腕輪であった。
「王子にもしものことがありしときは、私も窮地に陥るところであった。いわば、そなたは恩人と言えよう。褒美を与える」
 明華はその場に手をつかえた。
「とんでもございません、大王大妃さま。私は王室にお仕えする者として当然のことをなしただけにすぎません。ゆえに、このようなたいそうなものを頂くわけには参りません」
 大王大妃が声を上げて笑った。
「随分と殊勝であることよ。はて、その慎ましさは本心ゆえか、それとも」
 言葉を句切り、大王大妃が婉然と笑った。鋭利な視線が刃のように明華に切り込んでくる。
 その眼を見て、鳥肌が立った。微笑んでいるはずなのに、眼だけは吹雪の夜のように凍てついていたからだ。
 思わず視線を逸らしそうになるも、気力で踏ん張り大王大妃の視線を受け止めた。
 身を切るような沈黙の後、大王大妃がぞんざいに二つの腕輪を放ってよこした。
「まあ、良い。そなたの本性が何であろうが、私は利用できる者は利用する主義だ。それに、本音を言えば、私はやたら正論を振りかざし、正義漢を気取る輩が大嫌いでの。そなたのように若くとも、清濁併せのむ柔軟さを持つ者の方が好みだ」
 明華は床に落ちた二つの腕輪を拾った。投げ与えられた餌に食いつく犬のようだと、我ながら自己嫌悪に陥る。
 けれど、ここは我慢のしどころだ。大王大妃のお気に入りになれたのだとしたら、この先の計画も首尾良く運ぶに違いない。
 大王大妃が両手を眼の前にかざし、桜色に染まった爪を見ながら言う。
「大昔、どうにも我慢ならぬ女がいた。主上(チユサン)の寵を得たのを良いことに、良い気になりおって、この私に身の程知らずにも駆け引きを仕掛けてきたのだ。今、思い返しても腸(はらわた)が煮え繰り返る。いかにも善人面をしおって、生意気にもこの私に楯突くとは片腹痛い。虫も殺さぬ風情でありながら、年若い主上を意のままに操った女狐のような女であった」
 明華はハッとした。もしやー。
「何とも身の程知らずな女でございますこと」
 相槌を打った次の瞬間、大王大妃が憎々しげに言った。
「廃妃ユン氏。十五だというなら、そなたはまだ生まれるか生まれておらぬかの大昔の話だ。かつて、そのような性悪女が我が息子の後宮におったのだ」
「怖ろしい話にございますね」
 明華はやっと返すのが精一杯だった。よもや今日、大王大妃その人の口から、ヨンの慕った淑媛の話が出るとは。
 大王大妃がころころと笑う。
「ゆえに、目障りなその女狐を息子の前から追い払ってやったぞ」
 追い払ったというのは、ありもしない罪を着せて毒刑に処したということだろう。
 それから、大王大妃は過去、自らが目障りと見なした?邪魔者?たちをいかに消したか、滔々と喋った。大王大妃の話を聞けば聞くほど、明華は大王大妃の奥に巣喰う闇の底知れなさが怖ろしくなった。
 しんと冷え切った心を重たく抱え、大王大妃殿を出たときは心身共に消耗していた。ある意味、気を使う術を行ったときよりも身体は鉛のように重たく、疲労感は半端がない。
 大王大妃が権力欲の権化だとは聞いていたけれど、よもやここまでだとは考えていなかった。
ー是非、また来てくれ。次は我が未来を観て欲しい。
 大王大妃は猜疑心が強く、滅多と他人を信用しないという。初対面にも拘わらず、明華に饒舌に話した内容は、むしろけして他言してはならない話ばかりだ。いわば己れの権力欲を満たすために、闇に葬った犠牲者が誰であり、どのような殺し方をしたのか滔々と語ったのだから。
 流石に、その犠牲者の中に前王ー大王大妃の息子の名前はなかった。廃妃ユン氏の死後、成祖は次第に大王大妃の言うなりにならなくなった。ひと度は母の言うがままにな罪なき妃を毒刑に処したものの、いつまでも愛妃の面影を追い求めていたという。、