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~王を導く娘~観相師

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更に、大王大妃の権力欲はますます果てなく強まり、王を蔑ろにしたふるまいは眼に余っている。つまり、あの方は自分で自身の首を絞めてきたというわけだ。私は享楽に耽る暗愚な王だとさんざんな言われ様だが、その実、朝廷には私の本心を知る者はいる。更に、全州にいるジュンシンはこの五年というもの、各地に散らばる志を同じくする者たちとつなぎを取り、大王大妃に対抗すべき力を蓄えてきた。彼らがひと度声を上げ、ジュンシンたちと私が協力すれば、今の大王大妃などひとたまりもないだろう」
「政変を起こされるのですね」
「やむを得ない。あの権力欲の塊のような鬼婆を取り除かねば、この国に未来はないだろう」
 明華は想いに沈んだ。ヨン自身はこの政変が成功する確率が高いと希望を持っているようだが、大方は失敗する。明華が彼の観相を行った時、束の間観た未来は間違いなく反正(政変)の失敗を意味していた。
 誰かが裏切るのか? そこまでは明華には読めない。が、ヨンが起こす政変が不首尾に終わるのだけは確かだ。挙兵は失敗し、本来は聖君として名を刻めるはずのヨンは?稀代の暴君?として名を残すことになる。
 いつの時代も歴史書は、勝者の記録でしかない。政変に成功すれば、即ち成功した側から見た一切が?正統な歴史?となり、敗者側の言い分は一切認められず、彼らは完全なる?悪者?として歴史に記録される。
 だからこそ、歴史は常に勝利者の主張だといえるのだ。
 今ここで不成功を告げたとしても、一笑に付されるどころか、かえって不審感を抱かれるだけだ。
 明華は胸に兆した暗澹たる想いは出さず、意を決した口調で言った。
「私が殿下の運命を変えて差し上げます」
 刹那、ヨンの眼が射るように大きく見開かれた。
「そなたの能力(ちから)で政変を成功させるというのか」
 明華は淡く微笑んだだけで、何も言わなかった。余計なことは言わない方が良い。
 それでも。
 たとえ、この生命賭けたとしても、愛する男の未来を変えてみせる。
 観相師としての禁忌を犯すからには、当然ながら、代償を払う覚悟はしておかねばならない。禁忌というのは、何があったとしても、してはならないことである。天の理(ことわり)を曲げるなら、相応のものを差し出さねばならないのは自明の理だ。
「優れた力を持つ観相師とはいえ、そなたはまだ若く、か弱い娘だ。成功すると信じてはいるが、必ず成功するという確証もない。明華、そなたの気持ちだけ、ありがたく受け取ろう。危ないことに、そなたを巻き込みたくない」
 暗に関与した政変が失敗すれば、明華の生命もないだろうと、ヨンは言っている。
 だが、生命の危険なら、とうに覚悟していた。天命に背くというのは、ある意味、政変に与するよりも数倍も万倍も怖ろしいことだ。天をも恐れぬ所業という言葉がある。天罰が下ることも恐れないような、大胆不敵さを意味する。どのような悪事だとしても、天の意思に逆らうよりはマシだともいえる。
 世の中には、人の力では変えようのない大きな流れというものがあり、それはしばしば、天命だとか宿命と呼ばれる。変えられない流れを無理にねじ曲げて変えようとするからには、禁を犯した者の生命の保証はない。
 天の怒りをまともに喰らうことになるのだ。
 しかし、ここでヨンにすべてを話す気は毛頭なかった。話してしまえば、止められる。
 優しい彼が明華の生命と引き替えに政変の成功を望むとは思えない。
 そんな男だからこそ、明華は生命を賭ける。愛する男のために、この国の未来のために。
 気遣わしげに見つめるヨンに、明華は微笑を含んだまなざしを向けていた。

  清浄の音〜未来へ

 シャリ、シャリ、自らの靴が凍った大地を踏みしめる音だけがしじまに響き渡る。
 王ーイ・ヨンは一歩、一歩、自らの存在を確認するかのように歩いていた。ここ王宮庭園は今朝、一面の銀世界と化した。
 崔明華と王城内で二度目の密会を果たしたのは、つい昨日のことである。かなりの時間を彼女と過ごし、椿の殿舎を出たときにはまた雪が降り始めていた。
 殿舎に入る前、夜空はよく晴れており、雪が降る気配はなかったのだ。つまりは、彼女と一つ室にいた時間は、空模様が変わるほど長かったともいえる。
 一晩中、降り続いた雪は今朝、都に見事な雪化粧を施した。彼は定時に大殿の寝所で起床、洗面と食事を済ませ、定例の御前会議に臨んだ。
 重臣たちが集い国王も臨席しての話し合いは、いつもと変わらずつまらないものだった。いつものように当たり障りのない議題で進行し、さしたる結論も出ずに散会する。年少で即位した彼も五年前、成年に達し、親政が始まった。それまでは後見をもって任ずる大王大妃が玉座の背後に御簾を垂らして控え、少年王の代わりに万機を決済していた。
 成人して垂簾の政が行われなくなって以降も、たいした変わりはない。大王大妃は玉座の背後からではなく、大王大妃殿から政治をほしいままにしている。ただ、それだけのことだ。
 無能な王の日々の務めは、後宮に入り浸り、酒色に明け暮れること、毎夜、寝所に愛妾を呼び、彼女たちに一日も早く世継ぎを産ませることだけだ。
 こんな人生に一体、何の意味がある? ただ生きながら死んでいるかのような人生に。
 物心ついてから、生まれてきて良かったと思ったことは一度もない。逆に、もし名も無い庶民として生まれていたら、もっと別のー人間らしい生き方があっただろうかと考えたりもした。?もし?と、仮定の話を考えても、何の意味もなく虚しさはかえって深まるばかりだというのに。
 言うならば、彼の二十一年の人生は闇に覆われた世界だった。それも、一生、明けることのない長すぎる闇夜だ。
 七歳で淑媛ユン氏に出会い、彼の人生はひと度は光を取り戻した。心美しく優しいユン・ソファ。彼女はその頃のヨンの世界のすべてであった。
 我が儘で思い通りにならなければすぐに癇癪を起こす手に負えない子どもだった。そんな彼を大人たちは遠巻きに眺めているだけで、誰もが積極的に拘わりを持とうとはしなかった。唯一、保母尚宮であったイ・カギュンだけが幼い彼の心に寄り添おうとしてくれた。
 生後まもなく生母から引き離された彼にとっては、カギュンが母のようなものだった。そんな乳母も二年前に病を得て亡くなった。
 亡くなる一年ほど前、体調を崩して大殿尚宮を辞した彼女の屋敷に、ヨンはしばしばお忍びで訪れたものだ。
ー殿下のお子さま、世子さまのお顔を拝見するまでは、心残りがありすぎて死ねません。
 強気なことを言っていたのに、あっさりと儚くなった。孤独だった王宮で、たった一人側にいてくれた乳母の死に、王は泣いた。
 カギュンが亡くなってから、彼はますます孤独になった。カギュンの良人ソン・ジュンシンとひそかに連絡を取り合い、決起の瞬間を着々と窺いながらも、心のどこかでは虚しさを持てあましていた。
 そんな彼の人生にある日突如として、ひと筋の光のように現れた少女が明華だ。明るく健気で、誰よりも心優しい。たおやかな容姿に似合わない芯の強さを持つ彼女は、かつてヨンが慕ったユン氏に似ていた。