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~王を導く娘~観相師

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 明華の気持ちなど、彼は見抜いていたようだ。クックッと肩を揺らして笑うと、ふいに表情を引き締めた。
「私の妃たちは皆、自分のことしか考えていない。或いは考えられないというべきか。誰が私の気を一番ひけるか、誰が真っ先に子を産むか。彼女らの頭にあるのは、そのことだけだ」
 妃たちにとって、ヨンは良人の立場になる。まったく彼女たちにとっては身も蓋もない言われ様ではないか。
「殿下、お妃さまたちの気持ちも少しは理解して差し上げないと駄目ですよ。お妃さま方にとって、殿下はご夫君ですし、周囲は敵だらけの後宮で唯一、頼れるのは殿下だけです。妻が一日も早く良人の御子を授かりたいと思うのはごく自然なことではありませんか」
 ヨンが愕いたように眼をまたたかせ、まじまじと明華を見る。
 明華はまたも頬が熱くなってきた。
「私、何かおかしなことを言いました?」
「いや、まったく、そなたは可愛い顔をして思いもかけぬことばかり言う」
 ヨンはどこか感に堪えたように言った。
「自分よりも他者を思いやる優しさ、下の者たちの立場を理解してやれる心の広さ。私はずっと、そういう女を探していたんだ。淑媛さまを喪って以来、どうせ、淑媛さまみたいに仙女のような女は存在しないと思っていたが」
 ヨンの黒瞳に、ほのかに熱が点ったような気がするのは、気のせい?
「明華、私の子を産むつもりはないか?」
「は?」
 何故、また話がそこにゆくのか皆目判らないけれど、明華は慌てて手を振った。
「また私をからかっているんですね。良い加減にして下さい。後宮に入るつもりはありませんと、何度も申し上げたじゃありませんか」
「まあ、良い。固い蕾を開かせるのも、男としてはなかなか愉しみだからな」
 明華にはまったく意味不明な科白を呟き、ヨンは文机から身を乗り出した。
「先刻の、そなたが気になるという話を聞きたくないか?」
「はい、もちろん、聞きたいです」
 つい子どものような大声になってしまい、明華は慌てて縮こまった。
 ヨンはまた愉しげに笑っている。
「まったく、そなたと一緒に居ると退屈しないな」
 明華も心もち前に身を傾け、話の続きをねだった。
「殿下の恥ずかしい秘密って、何ですか」
 ヨンが笑いながら言った。
「淑媛さまに求婚した」
「え! たった七歳なのに求婚したの。それじゃ、ただのませガキー」
 また大声を出し、明華は小さく?済みません?と謝る。ついでに国王に対しては、あまりに不敬な言葉だと蒼褪めた。
「そうなんだ、まだ七歳のガキの癖に、至極大真面目に求婚した」
 ヨンは明華の馴れ馴れしすぎる口調に顔色一つ変えず、調子よく応える。
 気になるのは、淑媛の反応だろう。明華は控えめに言った。
「淑媛さまは愕かれたでしょうね」
 それとも、大人の女性らしく、幼子の戯言と受け流したのか。しかし、聞かされた淑媛の取った行動は予測をはるかに裏切った。
 ヨンが遠くを見るようなまなざしで言う。
「内心ではやはり愕いただろうが、利口な女だったから、私の前では愕きは少しも出さなかった。彼女は言ったんだ」
ー王子さまのお心、ソファはとても嬉しいです。
 丁度、その場に居合わせたヨンの乳母が機転を利かせてくれたのも良かった。
ーこのお方は国王殿下のご側室でいらせられます。燕海君さまのお立場では、義理のお母上と申し上げても過言ではありません。
 明華が微笑んだ。
「そのときから、殿下は淑媛さまをお母君として慕われるようになったんですね」
「そうだ。普通、七歳の子どもが大真面目に求婚したら、大抵は愕くか、面白がるかといったところだろうが、あの方は私を対等に扱い、心から嬉しいと言ってくれた、明華、どれだけ言葉で取り繕ったとしても、本音は隠せるものではない。あの日、淑媛さまの言葉からは真が伝わってきた。そなたの申す通り、その日から、私はあの方を母と呼ぶようになった」
 明華は頷いた。
「だから、殿下の淑媛さまに対するお気持ちは複雑だとおっしゃったんですね」
 ヨンが泣きたくなるほど優しい表情で頷く。
「そうだな。きっと、あの頃、私は淑媛さまに恋をしていた。けれど、先王殿下の妃であったあの方はけして手の届かない方だと知り、その恋心を母への思慕にすり替えた、そんなところだろう」
 当時、ヨンがまだ七歳の幼子であったことは、ある意味、淑媛にとっても彼にとっても幸せなことだったに違いない。仮にヨンが年頃か、もしくは青年になっていたとしたら、事態はもっと厄介になっていたかもしれない。
 とはいえ、淑媛がそれほどまでに道理をわきまえた女性ならば、けして良人たる先王を裏切るような真似はしなかっただろうけれど

「本当に、心の綺麗な美しい女だった」
 そんなにも優れた淑媛が何故、廃位などという憂き目にあったのだろうか? 後宮で働くようになってまだやっと半月ばかり、歳の近いムスリたちとは恋愛、後宮の噂話など色々と盛り上がったが、その中に?廃妃ユン氏?の名前は出てこなかった。
 もう十年以上もムスリをしている、ある意味、親分格の中年女は数代前の後宮での騒動をまるで見てきたかのように面白おかしく話してくれた。彼女が披露した幾つもの話にも、ユン氏の名はなかったのだ。
 ユン氏は先王のただ一人の側室だった。何代も前の王の後宮にいた妃ならともかく、先代の王の妃でそれほどまでに優れたひとなら、ムスリたちの噂話にも出てきそうなものだ。
 明華はハッとした。
ーもしかして、知っていてもわざと口に出さないとか?
 可能性はあり得た。後宮という場所には、?禁句?がある。例えば、嫉妬深い王妃にいびり殺された側室の話などは好例である。妃同士の足の引っ張り合いで陥れられ、闇に葬られた妃などいちいち数えていたら枚挙に暇がないのもあるし、いわくつきの事情ー処刑という名を借りて?殺害?された妃ならば、尚更、その名は禁句であるに相違ない。
 恐らく、自分の勘は当たらずとも遠からずといったところではないか。そんなことを考えていると、ヨンの声が耳を打った。
「だが、ある日突如として、彼女は殺された」
「ーっ」
 まさか、不穏な予感がここまで見事に的中するとは! 明華は愕然としてヨンを見た。
「殺されたってー」
 声が震える。
 ヨンが、また綺麗な眉をきつく絞った。
「淑媛の位を取り上げられ、廃庶人にされた上、先王から毒杯を与えられた」
「そんな」
 明華は唇を戦慄かせ、ヨンを擬然と見つめた。いつしかヨンの昔語りを熱心に聞いている中に、自分までもが淑媛を知っているような気持ちになっていた。容貌だけでなく、心まで美しいと讃えられるひとが何故ー。
「理由を知りたいか?」
 自棄のような口調が哀しい。それだけ、大切な淑媛を突然、失った幼子の嘆きは深かったのだ。
 無言の明華に、ヨンは抑揚のない口調で続けた。
「彼女が処刑された理由は、浪費家で享楽と奢侈に耽り、更に王が他の女を召す度に烈しい嫉妬を繰り返したからだ。そうそう、先王がお気に入りの女官を寝所に呼んだことで痴話喧嘩となり、嫉妬に怒り狂った淑媛が王の顔を爪でひっかいた。それもご丁寧に罪状に数え上げられていたそうだ」