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~王を導く娘~観相師

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ー天に逆らっては駄目。自分が観たものを無理に変えようなんて考えてはいけないよ。もし、天意を変えようとするなら、そのときは占いをする者にとって禁忌を犯す覚悟をしなくてはいけないんだからね。
けれどー。今の自分は天意に真っ向から挑んでみたい気分だ。
 女好きの無能な王と認識されている燕海君と、明華が間近に見たイ・ヨンはまるで別人のように思えてならないのだ。確かに調子は良いし、女の扱いにも長けているのは確かだが、好き放題をしている馬鹿王とは信じられない言動を彼女は目の当たりにしている。
 暴君が何よりも真っ先に民の安寧を願ったりするものだろうか。我が儘な暗君が一観相師に分け隔て無く接し、優しい労りを見せてくれるだろうか。
 もしかして、何らかの事情があって、彼がわざと無能な君主のふりをしているとしたら? それとも、これはヨンを好もしいと思ってしまった明華の都合の良すぎる解釈だろうか?
 故意に暗君を装っているとしたら、何としてでも止めさせなくてはならない。意図があって演じているだけだとしても、このままゆけば、彼の未来は本当の?暴君?になってしまう。明華が観たのは紛れもなく、後世の歴史書には?暴君?として記録されている燕海君の末路だった。
 つまりは、ヨンの計略は(仮に彼が暗君のふりを装っているだけだと仮定しての話だが)、成功しないということになる。
 彼の深遠な思惑は上手く進まず、結果として、彼は真の暴君として後世の歴史に刻まれてしまうということだ。
 恐らく、何らかの妨害が入るのだろう。どんな横やりが入るのかは判らない。けれども、明華が観た一連の映像と彼の顔相を組み合わせた結果、読み解ける彼の未来はそれしかない。
 秀でた額から整った眉、筋の通った鼻梁と整った口許。黒子一つなく、骨相的には一点の曇りもなき理想的な君主、聖君となれる顔立ちである。
 とはいえ、すべては明華の読み解きにすぎず、真実かどうか判らない。かなりの高い確率で的中している自信はあっても、自身で確かめるまでは確定ではない。所詮は観相も占いの一つであるといわれる所以だ。
 明華は眼を開き、虚空を挑むように見据えた。
ーお母さん、言いつけに背く私を許して。
 そう、明華は天意に逆らうつもりだ。ヨンが?暴君?になるという未来を必ずや変えてみせる。あの男の真実の姿を暴いて見せる。
 そして、どんな理由があって暴君を演じているのかを知り、もっと賢いやり方で目的を遂げられるような道を探す。
 正攻法が見つかれば、恐らくヨンの未来は必然的に変わるだろう。だから、今はヨンの正体を見極める必要があるのだ。
 仮に予感が当たり、ヨンが真っ当な君主に戻れば、そのときは明華は宿命に背いたことになる。観相師としては最大の禁忌を犯すだろう。一体、どのような天罰を負うことになるのかー。
 考えると怖ろしさに身体が震える。我が身がどれほど大それたことをしようとしているのか。自覚はあるつもりだ。それでなお、ヨンを救いたい。救うという言葉がおこがましければ、力になりたい。
 明華はこの時、知らなかった。既に自分が後に?暴君?と名を刻むであろう男に強く惹かれていることを。

  王と女官

 明華は、そっと溜息をついた。直後、慌てて周囲を見回して、人影がないのにホッとする。つい昨日も監督役の女官から大声で叱責を受けたばかりなのを思い出し、憂鬱になる。
 後宮では、おちおち溜息もついていられないとは! 後宮女官というのはおしなべて、美人で華やかで、王に見初められれば側室という玉の輿にも乗れるという憧れがある。
 ーが、そんな巷の羨望は大きな誤解であると自身が後宮に入って知った明華である。
 もっとも、明華は最下級の雑用係(ムスリ)として入宮したのであって、?宮女さま?と憧れのまなざしを向けられる上級女官とは立場も待遇も違う。
 それでも、洗濯や掃除に明け暮れるのは上の女官も下のムスリもたいした差はない。ただ一つ違うのは、上級女官は国王の眼に止まる機会はあるが、ムスリは一生かかっても王の竜顔を見るどころか、視界の片隅に入ることさえ叶わないというところだ。
 明華の身分では、到底、上級女官として潜入するのは無理だった。何しろ、両班家に何の知己もないのだ。
 普通、女官はまだ十歳前後の幼い頃から見倣いとして入り、行儀作法他、様々なことを仕込まれて初めて数年後に一人前として認められる。成人した娘がいきなり女官として後宮に入るのは特例であり、その場合、朝廷でも発言力を持つか、後宮にコネのある両班家の後押しが要った。
 つまり、縁故就職である。そのため、明華は比較的、採用試験の良い加減なムスリになる道を選んだ。女官は建前としては国王の女とされ、一生奉公が原則である。つまり、王のお手つきにならない限り、あたら女の花の盛りを後宮で無為に散らすということだ。
 むろん、豪商の娘が一時的に行儀見習いに入るなど、女官でも例外はある。嫁入り前の花夢修業、或いは経歴に箔をつけるために出仕するのである。
 そういった場合は除き、一生、顔も見たことのない国王に操を立て生涯を後宮で過ごすのが女官である。その点、ムスリもまた?王の女?ではあっても、あくまでも表面だけにすぎず、出入りは烈しい。短期間勤めてまた辞めてゆく者の大半は年頃で嫁にゆく者ばかりだ。
 なので、ムスリの募集は常に行われており、明華もこれで良いのか? と首を傾げたくなるほど形式的な審査だけで採用された。
 仮にも、この国の王の棲まう宮殿で働く人間である。そこはもっと慎重に身元審査をしないと、万が一、刺客が紛れ込んでいたとしても見抜けはしないだろう。
 などと憤慨するのも、やはりヨンの身を心配するあまりだと明華本人は自覚していない。
 入宮に当たり、明華は?崔恒娥?と本名を名乗ることになった。仮の名では通用しなかったというのもある。案の定、身元審査をした老尚宮は、名前を書き込んだ身上書と明華の顔を交互に見て首を傾げていた。
ー大きなお世話よ。
 十人並み以上ではあっても、けして美人ではない明華は、幼いときから、この反応には慣れている。名前と顔が釣り合っていないからだ。
 それにつけても、明華の実名を知ったときのヨンの言葉が懐かしい。
ー罰当たりだなどと思う必要はないだろう。明華が月宮に棲まう恒娥の生まれ変わりだと言っても、私は信じる。
 もしかしたら、あれも女を口説き慣れたタラシならではの科白だったのかもしれないがー。明華とて妙齢の娘である。あれは偽りであったとは思いたくないところだ。
 それとはもかくとして、ヨンの運命を変えるためには、まず、彼の真の姿を見極めなければならない。とはいえ、哀しいかな雑用係の身の上では、大人しく待っていれば娘盛りどころか老婆になったとしても、王さまには近づくことさえできまい。
 そのため、彼女は一計を案じた。方法は簡単だ。ヨン本人がいつもよく利用する道で待ち伏せるという極めて原始的なものだ。
 ヨンは芙蓉閣という楼閣がとてもお気に入りだという。広大な王宮の一角、数代前の王の御世に建てられた建造物であり、燕海君は専ら、ここで酒宴を開くのが日課らしい。