プールサイドフィクション
玉川「(警察手帳を見せ)ちょっと聞きたいことがあるんだが」
玉川、工場内に声を掛ける。
奥から、汚れた手を拭きながらやってくる。
玉川「おたく、社長さん?」
富田「いいえ、社長は今留守で、私は工場長の富田と申します」
玉川「今、ある事件の事で市内のあちこちの印刷所を周っているんだが、このロープに付着した塗料のことで聞きたい。」
玉川、ビニールロープを見せる。
富田「そのロープはうちでは扱っていませんが」
玉川「これは近くの量販店から購入したものだ。殺人現場の排水溝付近で犯行に使用されたと思われるビニールロープが発見され、それには印刷工場で、よく使用するインクが付着していた。その特殊インクはこちらでも使っているとほかの印刷所さんが言っていたが」
富田「うちでも使用していると思いますが、それがなにか」
玉川「実は市内の中学校で四、五日前に始業式があった。その前日に殺人事件があった。その日のありばいを全従業員に聞きたいのだがいいだろうか」
富田、困惑の表情。
工場内にいる、寺西と我孫子、顔を見合わす。
〇 百目鬼印刷所 工場 入口
百目鬼進士がきて停まっているパトカーを見る。
〇 百目鬼印刷所 工場内
入口のガラスの引き戸に百目鬼進士の人影が写っている。
玉川、気配に気づくと、近づき、引き戸を引く。
百目鬼進士の全身。
玉川「君は?」
富田「(背後から声を掛ける)社長のぼっちゃんです」
富田、低姿勢でいる。
百目鬼を見る玉川。
百目鬼「どめき、しんじ、です」
玉川「君は事件のあった中学校の生徒かね」
百目鬼「はい、そうです」
玉川「では君にも聞くが、始業式前日の行動を教えてもらえるかね」
百目鬼「はい、大丈夫です。実は僕、殺人事件を目撃したんです」
蝶野、振り向く。
百目鬼「あの日、僕は彼ら、つまり死んだ二人に脅されてお金を届けにいったんです。僕はいつもいじめグループにいじめられていてお金を渡すといじめをやめて許してくれるんです。あの日もお金を百万円用意していきました」
玉川「百万円?、あの二人は百万円は持っていなかったが。」
百目鬼「それは知りません。とにかく百万円渡しました」
玉川「それで?」
百目鬼「お金を渡した後、僕が帰ろうとしたら用務員のおじさんが犬を連れて反対側から歩いてきました。手にはビニールロープを持っていました。いじめグループの二人、猿子くんと蟹江くんというんですが、あいつらに向かってかかっていったんです。二人をプール内に沈めるとしばらく上がって来ませんでした。たぶん持っていたロープで首を絞めたのだと思います。僕は黙ってみていました。あいつらを助けようとは思いませんでした。一緒に戦ってやりたかったのですが僕は水泳おんちなので」
蝶野「用務員のおじさんは何故、彼らを殺害しなければならなかったのか」
百目鬼「それは直接、本人に聞いてください。多分、それなりの事情があるのだと思いますよ」
玉川、蝶野、百目鬼を見ている。
富田「あの、私らのアリバイというか…」
玉川「それは今度にしよう」
玉川、蝶野、印刷所をでていく。
百目鬼、蝶野と玉川の背中をみている。
〇 中学校 校庭 夕刻
伊達、近くの低木に犬をつないで落ち葉の掃除をしている。
掃除をしている地面に二つの影が伸びる。
伊達、人影の方を見る。
玉川と蝶野。玉川、警察手帳を見せる。
玉川「少しお話を伺ってもよろしいですか」
伊達、掃除の手を休め、
富田「どんな話でしょう」
玉川「先日、プールで亡くなったここの生徒さんの話です」
伊達「(じっと見つめ)ここでお話しますか。それとも署に行きますか」
〇 警察署 取調室 中
小さいテーブルに伊達と玉川が相対して座っている。
伊達「わたしは百目鬼くんが奴らに脅されているのは知っていました。夏休みに入る前、みんなは夏休みだということで楽しそうでしたが百目鬼君は廊下の隅で泣いていました。」
〇 中学校 廊下
廊下の隅でしゃがみ込んで泣いている百目鬼進士。
伊達がバケツと雑巾と箒を持って歩いてくる。
伊達「どうしたんだ、またあいつらか」
百目鬼「でもいいんだ、お金さえ渡せばいじめないでくれるから」
伊達「いつもお金を渡していたらお金がなくなるぞ。それにそのお金は誰が用意するんだ」
百目鬼「うちで印刷所やっているから内緒でくすねてくる」
伊達「それって犯罪だよ。今度はいくら用意するんだ」
百目鬼「百万」
伊達「百万円?そりゃ大金だ。警察に連絡しなきゃ」
百目鬼「だって、警察は何もしてくれないんでしょ」
百目鬼「(伊達を見て)おじさんとこもそうだったんでしょ」
伊達「うちの孫娘の事件を知っているのか」
百目鬼、頷く。
百目鬼「ともだちの陽菜乃ちゃんから聞いた」
伊達「陽菜乃って、鬼束陽菜乃ちゃんかい」
百目鬼、頷く。
伊達「そうか。君があいつらに金を渡す日はいつだ。場所はいつもの屋上プールか」」
百目鬼「そう。始業式の前の日だけど」
伊達「そうか、その日は、防犯カメラのスイッチを切っておこう。その前の日は水泳部の地区予選の最終調整練習で防犯カメラのスイッチはオンになっているからな。君はいつもの通りにしてくれ。あとはおじさんにまかせろ。おじさんは刑務所に入ったって後悔はしない。君の為ではない孫娘の復讐だ」
伊達、宙を睨む。
〇 警察署 取調室 中
伊達「私は決心したんです。あいつらを許さない。成敗してやろうと」
玉川、蝶野、話を聞いている。
伊達「私が一人でプールサイドに来ると三人の姿はいなかった。いない、というより三人はプールの中にいたんだ。私が近くまでいくとプールの中でぶくぶく泡を立てて格闘していた。そのうち、プールの縁に手をかけて上がろうとする人間がいた。百目鬼くんだった。しかし百目鬼くんを上がらせまいと中で引きずりこもうとしている様子が伺えたので私が手を差し伸べた」
〇 中学校 屋上 プールサイド
水際でぶくぶく泡を立てて上がろうと手を伸ばしている百目鬼の手。
伊達、百目鬼の手を掴み引っ張り上げる。
伊達「遅くなって申し訳ない」
プールサイドに上がった百目鬼、ゲホゲホむせている。
ビニールロープに絡まれた状態の猿子と蟹江が顔を出す。
伊達、足で猿子と蟹江の頭を蹴る。浮上するたびに蹴る。
伊達、プールに飛び込み、ビニールロープを掴むと、二重に猿子と蟹江の首に巻き付ける。水中でビールロープを引っ張る。
首にビニールロープを巻き付かれた猿子と蟹江、必死に解こうとしている。
排水溝付近に合った取っ手のついた重石にビニールロープを巻き付ける。
蟹江、猿子、次第に力尽きでしまう。
伊達、浮上する。
百目鬼はまだ水を吐いている。
伊達、百目鬼に
伊達「君はもう家に帰りなさい。あとはおじさんにまかせてくれないか」
〇 警察署 取調室
玉川「孫娘さんの事件とは」
作品名:プールサイドフィクション 作家名:根岸 郁男