プールサイドフィクション
教職員「静粛に!生徒たちはここで待っていなさい」
ざわつく生徒たち、一斉に扉に向かう。
教職員たちが生徒たちを制止するが歯止めが効かない。
騒然とする場内。
〇 学校内 屋上に向かう階段
一斉に屋上へ向かう、教職員たちと生徒たち。
〇 学校内 校舎 体育館 始業式会場
式会場内にはぽつんと二人の生徒がいる。
最前列にいる百目鬼進士と最後列にいる鬼束陽菜乃(15歳)
踵を返して鬼束陽菜乃の方を見る百目鬼。
鬼束陽菜乃が小走りで近寄ってくる。
陽菜乃、百目鬼の前で立ち止まり
陽菜乃「進士君、まさか君じゃないよね」
百目鬼「ははは、まさか。ぼくみたいなちびで泳げない人間がぼくよりでかい人間に立ち向かえるわけないじゃない」
陽菜乃「それもそう、だけど…」
百目鬼「君は見にいかないの」
陽菜乃「先生がここに、いてって」
百目鬼「それを素直に守ってるって、信じられない。みんな見に行ってるじゃない。僕もいくよ」
陽菜乃「じゃ、わたしも」
二人、扉に向かって小走りで駆け出す。
数台の救急車のサイレンが聞こえてくる。
〇 屋上へ向かう階段
百目鬼、陽菜乃が急ぎ足で階段を上っていく。
上段からストレッチャーに二つの遺体を入れた救急隊員が急ぎ足で降りてくる。
百目鬼、陽菜乃、階段の踊り場で身を寄せ、救急隊員に場所を譲る。
二つの遺体には顔に白い布が掛けられている。
睨むように見ている百目鬼、にやりと嗤う。
〇 屋上 プール
既に、警察の鑑識課係員がきて写真を撮っている。
生徒たちが出入り口の扉に向かって来る。
教職員たちが生徒たちに教室に戻るように指示している。
百目鬼、出口に向かってくる生徒達とすれ違う。
生徒Aが生徒Bに話しかける。
生徒Å「なんで二人だけなんだ、東頭も入れて三人じゃないのか。あいつも死ねばいいののに。あいつら死んで正解だろ」
生徒B「東頭はどうしたんだろう、今日は登校してないよな。」
すれ違いざまに聞いている百目鬼,宙を睨む。
〇 ゲームセンター 店内
東頭が、ゲーム機相手に奮闘している。
東頭の真剣な目つき。
東頭の近くに歩み寄る百目鬼の足。半袖のワイシャツに半ズボン。
百目鬼、髪が濡れている。
東頭、気配に気づき、ちらりと百目鬼を見る。
東頭と百目鬼、対峙する。
東頭、百目鬼を睨む。
東頭「ちびすけ、なんでお前が来た、猿子と蟹江の二人は」
百目鬼「ふたりとも、今は来れないってさ。来れない事情があると思うよ」
東頭、睨んでいる。
百目鬼「僕は何もしらないよ。ただお金を届けにきただけ」
百目鬼、リュックサックを背中から外し、中に手を入れて、百万円札束を東頭の前に差し出す。
東頭「気が利くようになったじゃないか」
百目鬼「おかげさまで」
東頭「何?」
百目鬼、にやりとほくそ笑むと
百目鬼「じゃ僕はこれで、明日また始業式で」
東頭、睨んでいる。
百目鬼、ゆっくりと歩きだす。背後から東頭が再びゲーム機に挑んでいる声とゲーム機の音声が聞こえる。
百目鬼、ゲームセンターの出口扉に差しかかると、反対側から二人の男性、寺西と我孫子が来る。
すれ違いざま、
百目鬼「じゃ、頼んだよ。可愛がってやって」
寺西「はい、ぼっちゃん、ほどほどに可愛がってやります」
百目鬼、片手を挙げ、出ていく。
〇 百目鬼の中学校 教室
校庭を囲むように針葉樹が植えられている。針葉樹の短い影
生徒たちが二階の窓から階下を見ている。
校庭、学校の正面玄関わきに一台のパトカーが止まる。
パトカーの中から二人の刑事、蝶野(64歳)と玉川(32歳)が降りてくる。
教室の真ん中、最前列に陽菜乃が後ろの席に振り返って百目鬼の顔を見ている。
百目鬼の髪型は坊ちゃん刈りで黒縁の丸い眼鏡を掛けている。
百目鬼「鬼束さん、あんまり見ないでよ、照れちゃうだろ」
鬼束「(じっと見つめたまま)進士君、一つ聞くけど、その眼鏡、度が入ってないでしょ」
百目鬼「なんだそのこと。てっきり、僕に気があるのかなと。仰せのとおり、度は、入ってません。ただのガラスです」
鬼束「たしか、前は近眼で度のきつい眼鏡してたよね。それで見えんの」
百目鬼「コンタクトレンズに変えたのさ」
鬼束「だったら眼鏡外したら。外したって見えるのでしょ」
百目鬼「これはある目的達成の為のカモフラージュさ」
鬼束「なになに、ある目的って何」
百目鬼「ひ、み、つ。秘密はいっぱいあるんだ。その一つを教えようか」
鬼束「うん」
百目鬼「僕は水泳おんちなのは知ってるでしょ。でもそれは今となっては昔の事、今は完全に泳げるのさ。昨日は泳げないって言ったけどあれは嘘。(陽菜乃の顔を見て)特に素潜りは大得意。夏休み中に水泳教室に通って猛特訓したんだ。だから、僕があの二人を素潜りに誘い溺死させた容疑者だと疑ってもおかしくはないってことさ。…少し、しゃべりすぎかな。これ以上は」
百目鬼、唇を真一文字にしてチャックを閉める仕草をする。
突然、教室の引き戸が開き、蝶野と玉川が入ってくる。
百目鬼、凝視する。
〇 校庭 全景
木々の影が少し長くなる
〇 百目鬼の中学校 教室
蝶野と玉川の刑事が教室の引き戸を開けて出ていく。
生徒達、立ち尽くして出ていくのを見送っている。
一人の生徒、阿部子(15歳)が、急に思い出しように皆の前に出て振り返る
阿部子「さっき、おれさぁ、刑事さんに言うかどうか迷ってたんだな。」
生徒B「何をだよ」
阿部子「言おうかな、どうしようかな」
生徒B「もったいつけないでサッサと言えよ。どうせ大したことはないんだろ」
阿部子「ところがおおありかも、よ」
生徒B「(阿部子の頭を押さえつけ)サッサと言えっていってるんだろ」
阿部子「うちの母ちゃんな、看護師やってんだ」
生徒B「それで?」
阿部子「昨日な、始業式の前の日の事だけどな。母ちゃんの病院のICU、つまり集中治療室に深夜遅く緊急患者が入ってたんだって。どっかの中学生らしいって。おれは東頭だよ思っている。間違いない。」
生徒B「それでどうなったんだ」
阿部子「重篤だって。なんでも匕首でめちゃめちゃ刺されていたって言ってた」
生徒B「それからどうなった。ほんとに東頭か。」
阿部子「まだ判らん、死んだら明日の新聞に乗るだろ」
机に座って聞いている百目鬼、眼を見開く
百目鬼「(匕首で刺されただと?ぼくは少し痛めつけるだけだと言ったのに、刺したのか)」
鬼束、百目鬼の異変に気付き
陽菜乃「進士くん、どうしたの、顔が真っ青よ」
百目鬼「いや、なんでもない」
〇 校長室 室内
学校長の長沼(62歳)と、隣に笹森(54歳)がソフャーに座り、相対して蝶野と玉川が座っている。
玉川、警察手帳を手にしている。
作品名:プールサイドフィクション 作家名:根岸 郁男