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桐生甘太郎
桐生甘太郎
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六人の住人【完結】

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4話「俺の願い」






俺たち別人格は五人居るが、俺を除いた奴らはみんな当てにならない。特に「桔梗」は危険だ。たった14歳の少女の人格だが、あいつは常に抑えておかないといけない。一度、桔梗が出てきた時は、本当に大変だった。


その日その晩は、俺たちは不安定だった。時子の夫は、すでに仕事から帰っていた。だから助かった。仕事が遅くなる日だったら、時子は死んでいたかもしれない。

時子の夫はトラック運転手をしていて、過去に格闘技の経験もあるから、腕っぷしもかなり強い。桔梗の度を越えた馬鹿力だって、簡単に押さえられる。


“出てくるな!お前を出すわけにはいかない!”

俺がそう叫んで桔梗の部屋のドアを押さえようとした時、中から桔梗の、どこか冷めたため息が聴こえた。

“これがあの子の本当の望みなのに、私たちが叶えてあげなくてどうするの?”

俺はぞっとした。その瞬間ドアが一気に開いて、桔梗は表に出て行ってしまった。


時子の夫は、桔梗に交代した体でいる時子を、まだ時子自身だと思っていて、二人で布団に寝転んでいた恰好から、時子、いや、桔梗が起き上がって台所に行こうとしたので、「どうしたの」と声を掛けた。

「ごめんなさい、しようがないの」

そんなふうにたった一言添えただけで、桔梗はシンク下から包丁を取り出し、時子の腹に突き立てようとそれを振り上げた。時子の夫が必死で抱え込んで取り押さえたので桔梗の目的は果たされずに済んだが、俺は生きた心地がしなかった。

桔梗は、時子の自殺願望を濃縮したような人格なのだ。

あいつだけはもう二度と出すわけにはいかない。俺はそう思い、時子が追い詰められすぎて、自殺願望が強くなり過ぎないように、自分が出てきた時には適宜休み、必ず食事を摂った。


それから、「悠」。こいつは時子の記憶をまったく持っていない。ただ純粋に「母親が恋しい子供心」というだけの存在で、その母親の顔だって覚えていない。実体がないのだ。

「悠」が二度目に目覚めた時。それはちょうど時子が母方の叔母の家に泊まりに行っていた晩だった。

この母方の叔母は、姉である時子の母親との縁はほとんど切れており、時子と今でも連絡を取り合ったりしていることも、伝えないでいてくれている。それに、幼い頃から姉に時子が苦しめられていたのを見てきたので、何かと気にして相談にも乗ってくれる。

そんな安心感を、おそらく悠も感じ、そして時子は、間接的にでもいいから叔母に甘えたかったのかもしれない。今なら俺は、そうも思える。


目が覚めた悠は、怯えて目を見開き、目の前に居る叔父に対して、こう言った。

「おじさんは…誰…?誘拐犯さん…?」

悠がたった一つ、母親と関係があることではっきりと記憶しているのは、「7歳の頃に両親と一緒に池袋に住んでいた」、ということだけだ。だからなのか、悠は、自分が覚えていない場所で目覚めて、そばに母親らしき人間以外が居ると、“自分は誘拐されてきた”と必ず思い込む。

時子自身、5歳の頃、家出を図った時に誘拐されかけたことがあった。と言っても、とにかく飛び出て行った先で、見知らぬ男性に声を掛けられたというだけのことだが。

でも、今でも他人に対して疑いを持たない純粋な時子は、その時周りに居た大人が止めなければ、おそらくその男性についていってしまっただろう。恐ろしいことだ。そもそも、5歳児が両親の家から家出を図るなんて、まったくの悲劇じゃないか。

もしかしたらこれは悠には関係のないことかもしれない。とにかくあいつは幼過ぎてまともに話ができないから、俺も知らないことの方が多い。あいつ自身、「ママ」以外のことは何も考えていないのだし。

叔父や叔母は、時子から「自分はもしかしたら解離性同一性障害なのではないか」という話は聞いていたし、俺だけは交代した時に話したことがあった。

だから、「誘拐犯さん」と言われてしまった叔父は、「人格が交代したのか」とはわかってくれたが、あまりに急なことに少しうろたえてから、「違うよ、時子ちゃんの叔父さんだよ」と言った。

「時子ちゃん?かわいそうな子?」

叔父は少し張り詰めた空気を後ろに隠し、首を傾けた悠に向かい合う。

「かわいそうな子って…?」

「いっつも泣いてる子。僕、よく知らないけど」

「そ、そっか…君の名前は?」

「僕、悠くん!」

「そっか、悠君、今、柳子さん来るからね。柳子さんは、知ってるかなー…?」

探り探りに悠にそう確認した叔父の後ろから、時子の叔母の「柳子さん」が現れる。

「柳子さん…?知ってる!一緒に遊んだよ!」


その時、俺は驚いた。「悠にそんな記憶があったのか」、と。

実は俺は、全人格の心を覗くことのできる、唯一の人材だった。だからいつも、奴らが外に出たがっていると感じた時は、急いでドアを塞ぎに走るのだ。

“おかしいな、悠は母親の顔すら知らないのに…”

「あら、変わったの?」

叔母の柳子さんは、その時大して動揺せずに悠に対処してくれて、頭を撫で、お菓子を与えてくれた。物に動じない、そして優しい叔母は、いつも時子を気遣うように、悠にも接してくれたのだ。俺は感謝をした。

「おいしい!」


そして、残るは「彰」と「美由紀」だが、彰は二度出てきただけ、そして美由紀はまだ一度も姿を現していない。時子がまだ16歳で、精神科病棟に居た頃を除いては。


「彰」は、端的に言えば怒りの人格だ。奴はとにかく、物を壊すし投げるし、怒鳴り散らす。原因ははっきりしている。

母親に対して、怒鳴られた時、怖くて一度も怒鳴り返せなかったこと。暴力をふるわれた時に、子供だからやり返せなかったこと。学校に行ったところでそれは同じで、時子はそれこそ、世界中を恨んでかかってもおかしくはないのに、“誰も恨みたくない”と今でも思っている。そのしわ寄せが、彰なのだ。

だから俺は、彰を目覚めさせないように常に気を張っていて、時たまあいつが部屋の中で暴れ出した時は、全力でドアを押さえている。


そして、今振り返っていて、もしかしたら一番の危険人物は、実は「美由紀」かもしれないと、俺は思っていた。

「美由紀」は、男と見れば寄って行って、金を受け取ってよからぬことをする人格だ。時子の体のことや、犯罪に巻き込まれやしないかなんて、あいつはてんで考えない。

周りの人間がすぐに異変に気付いて止められるような「桔梗」とは違って、「美由紀」は時子の振りも上手い。だから、どうか最後まで出てきてほしくないと思っている。今は時子には、夫も居るのだから。


これで俺たちの自己紹介は済んだ。そして、発言の場を与えられた俺が最後に言いたいことは、“時子には幸せになって欲しい”ということだ。

ほかの奴らは吸収されて消えるのを嫌がっているし、そもそも自分が、時子が切り捨ててきた感情の一部だということすらわからない奴も居る。

でも、俺たちは皆、時子が失ってきた中身なのだ。

では、俺は一体なんなんだろうか。「五樹」という俺は、一体なんの感情を持っているのだろうか。俺には何もない。ただ、時子に悲しいことがもう起こらないようにと願う気持ち以外は。




作品名:六人の住人【完結】 作家名:桐生甘太郎