六人の住人【完結】
「時子さんは、そのような人だってことですよ。攻撃されたとか、痛めつけられたからって、愛する事をやめないんでしょう」
俺はちょっと信じがたかったが、確かにこの子は今まで、そういう「潔白さ」を守ったまま行動してきた。
「愛する人を理解しようと頑張った。どうして今が辛いのかと言うと…」
そこでカウンセラーは、そばにあった玩具を手に取った。それは、球状に広がるように編んだものだ。それを広げてみせ、その中に小さなマトリョーシカを入れた。
「傷つけられたからこうして殻に閉じこもっていて、その中に、「母から愛されなかった」という記憶を受け入れてしまったんです。殻の中に、愛されなかった辛さを取り込んでしまった」
俺はそれを聞いてぞっとして、思わず叫ぶ。
「…それじゃ、まるで地獄の檻じゃないですか!」
「そうです。だから辛いんです」
カウンセラーはマトリョーシカ達を元に戻して玩具をしまってから、もう一度話し出す。
「愛されなかったけど、愛そうとしたんです。すごく愛情深い人なんです」
俺は、それをただ肯定する事は出来なかった。
だって俺は、何かのためにこの子が身を捨てて傷つく姿なんか見たくない。でも。
「どうかしら。「愛そうとした事に「そうなんですね」と言ってあげる」というのは、時子さんはどう思うかしら」
そこで、ハッとした。
もし、母への愛を認めていいのだと言われたら、時子はそれを喜んで歓迎するし、嬉しいと感じるだろう。
今まで俺や、自分の夫や父親、親戚、過去のカウンセラーなどから、時子はずっと、「お母さんの事は忘れなさい」とか、「少しは恨んでもいいんじゃないですか」などとばかり言われてきたけど、それでも愛を捨てなかった。
きっと、喜ぶだろう。
「どうでしょう…分かりませんが、多分、泣くんじゃないでしょうか。「嬉しい」と言って」
カウンセリングが終わってから、俺はメッセージとして、ツイッターのツイートで、その日のカウンセリングの内容を書き残した。
それを読んだこの子は大興奮して、号泣しながら叫んだ。
「良かった!今まで「忘れなさい」って言われるばっかで、怖かった!お母さんのこと、好きなままでいいんだ!」
時子はただ、とても嬉しそうに泣いた。