メイドロボットターカス
ターカスは記憶を取り戻すと、、軍司令部から“エリック”に連れられてオールドマン邸に行った事、オールドマンが喋った台詞を一言一句過たずに話し、やがて博士はその記憶にもう一度“上書き”を施した。
私達は初めて、オールドマン邸での、確信の持てる情報を得た。本人から聞くまでは、「おそらくそうだろう」くらいでしかなかったのだから。しかし、博士はその事を喜んでいなかった。
「困ったものじゃな、オールドマンの僻み根性にも。奴はそれで成り上がれたには違いないが…」
「はあ…」
私達は、また博士のキッチンでお茶を飲んでいた。博士は俯いて、お茶から湯気の上るのを見詰める。
「オールドマンはな、元はこの、メキシコ自治区出身の科学者じゃ。儂ら、フォーミュリア、オールドマン、バチスタは、首都メキシコシティにある、最先端を学ぶアカデミーの出身じゃった」
「そう、だったのですか…」
私は大いに驚いたが、博士は思い出の中から目を離さず下を向いたまま、「ああ」と頷いた。
「儂らは日夜、切磋琢磨して研究をし、儂は妙な物に興味を持ちやすいのでな、いつも赤点を付けられておった。でも、そんな儂と友達になってくれたのが、ダガーリア君だったんじゃ」
私は、どんな者も優しく見詰める、前御当主のお顔を思い出す。
「でも…そんな儂らを、いや、ダガーリア・フォーミュリアという男の好成績を妬んで、いつも後ろを追いかけていたのが、オールドマンじゃよ…」
私はあまり口を挟まず、ターカスも黙っていた。イズミは初めてこの話を聴いたように驚いていた。彼は博士の後ろに立ち、やっと聴けた博士の思い出話を喜んでいるように見えた。
「オールドマンは、首席での卒業をしたダガーリア君をまたもや妬み、別の企業で研究者として働く時にも、時折、ダガーリア君の思想を非難していた…そして、いつしか成り上がって、穀物メジャーの研究者となった…それはもちろん、潤沢な資金を使うためじゃ。今や穀物メジャー以上に金の余っている所など、ないからな」
そう言うと、博士は顔を上げ、私達をぎりっと睨みつける。
「いいか、諸君。奴の企みがなんであっても、それは阻止しなければならん。「平和利用に限ろう」なんて倫理観は奴にはない!それに、戦場から戦術ロボットを拉致しようとするんじゃ。ろくな事は考えとらんだろう」
私達の間に緊迫した空気が流れた。だけど、博士は私達の事は放ってすぐに立ち上がる。
「儂はアメリカに行くぞ!今日にも、政府に話を通す!ポリスに護衛を依頼じゃ!忙しくなるわい!」
博士は、言葉の終わりにはもう、自宅のコール端末からポリスの番号を引き当てたのだろう。通信の音が聴こえてきた。
“はい。こちらはポリスコールセンターです。事件ですか?事故ですか?”
博士は天井に向かって、大声で叫んだ。
「コールトリプルエー!署名はラロ・バチスタじゃ!人員をかき集めろ!」
私にはその言葉の意味は分からなかったが、応対AIは「承知致しました。お待ち下さい」と言った。しばらくして、懐かしい声が聴こえてくる。
通信の向こうから、無機的で、平坦な少年の声がした。
“こちら、情報人員、AH-003、コードネーム“シルバ”です。バチスタ博士、お久しぶりです。ご用件を伺います”
私は、思わぬ所で思わぬ人物の声を聴いたので、驚きと喜びを覚えたが、ターカスは落ち着いて博士とシルバの会話を聴いていた。博士は相変わらず、天井へ向かって金切り声を上げる。
「君は知っているかね!我が国の戦術ロボットGR-80001が、アメリカの穀物メジャー、DDMへと拉致された際、その主要たる機能を奪われた!これは由々しき事態なんじゃよ!」
“博士、説明を求めます。それは、どのような機能でしょうか。こちらで確認しましたが、そのロボットは、もはや他国の最新鋭ロボットには、どのような面でも敵いません”
「ああ、わかった、わかった!白状するよ!」
私はその時、“ついにターカスの事が明るみに出てしまう”と、事を恐れた。博士は迷わなかった。
「ターカスには、人間の脳細胞を利用して、自発的な自我を連続して保つために、あるパーツが取り付けられている!儂を罰するのは構わんが、相手方がそれをどう悪用したのか、判別が出来なくなるぞ!」
“…承知しました。では、博士、対抗策はどうなさいますか”
「アメリカへ行く!物理的にパーツを取り戻し、もし悪用されていれば、それらを全てすべて廃棄だ!」
“…分かりました。では、出立の準備は、ポリス次長と、政府高官からの承認が下りてからです。それが済み次第、関係者を集め、チームを編成します。連絡は15分後です”
通信が済むと、博士は私達を振り返り、「そういう事で」と喋り始めた。
「君を元に戻せるのは、もっと後じゃが、我々はこれからアメリカへ行ってくる。必ず君は元に戻る。安心する事じゃ」
そう言ってターカスを見詰め、博士はにっこりと笑った。
作品名:メイドロボットターカス 作家名:桐生甘太郎