メイドロボットターカス
きらきらとした光に包まれて、やがて地上へ降りようとターカスが速度をゆるめた時、やっと私は自分が青空の中に浮かんでいるのがわかった。
「見えてまいりました。あれがケルンの街です。水辺へ降りますが、家はございません」
「え?どうして?」
「先の大戦でここは甚大な被害を受け、人々はいなくなりましたが、家もなくなってしまったのです」
「そう…」
私たちは、雄大な川が横たわる草地に立っていた。ターカスが「先の大戦」と言ったのは、もう五十年も前の話だったけど、ここはいまだに世界連から没収されたままの土地で、誰も人は住めないらしい。
「ねえ、ターカス。私は「家のあるところ」と言ったのよ。これじゃ住むどころじゃないじゃないの」
「ふふふ」
その時、私は初めてターカスが笑ったのを聞いた。
「なあに?笑ったのね?どうして笑うの?」
ワクワクとしてそう聞くと、ターカスは胸を張ってこう答えた。
「“おかしい”という気分に少しだけなったのです。お嬢様はご存知ではございませんが、わたくしたちメイドロボットは、有事の際には存分に力を発揮できるように作られております。普段はお嬢様たちに危害が及ばないように、わたくしたちのパワーには制御が掛かっておりますが、今は少々それを外させていただいてもよろしいでしょうか」
「どうして…?何をするの?ターカス…」
私はターカスが怖いわけではなかったけど、ちょっとだけ怖くなって、ターカスの背中にしがみつく。
「ご心配はいりません。家を建てなければならないので、そのために、お嬢様のお声をお借りしたいのです」
私はそれで胸が膨らむようになって、一気にこう叫んだ。
「いいわ!ホーミュリア一族本家現当主の名において命じます!ターカス、家を建てなさい!」
「かしこまりました」
私が水辺にあった丸太に座らせられると、ターカスはまず、その丸太の半分を切り取って、裁断し、削り、磨き上げてから組み立てて、ベンチを作ってくれた。
「さあ、ここへお座りになって、10分ほどお待ち下さい」
「ありがとうターカス。あなたはすごいのね。こんなの見たことなかったわ!」
「もったいなきお言葉でございます。ではお嬢様、お住まいになるのはどのような家がよろしいでしょうか?」
「そうね…じゃあ、白く塗った木のおうちがいいわ!こんなにたくさん木があるんですもの!」
「承知いたしました」
ターカスがくるりと後ろを向いてから、10分ほど目の前が目まぐるしい嵐に包まれたかと思うと、見えないほど速く、おそらくターカスが家の周りを回っていて、それに従いどんどん木でできた家は白く塗られていった。
あっという間に白い家が建ち、でもそれはターカスと私が二人で住むのにちょうどいい広さだった。
「申し訳ございません。以前のようにたくさんメイドがいるというわけにはまいりませんので、少し小さな家を建てさせていただきました。でもこれで、いつもわたくしの目の届くところにお嬢様がいらっしゃいますので、万が一にも何かが起きようはずもございません」
「忠実なるメイド長」ターカスはそう言って、また私を背中におぶい、家のドアを開けてくれた。
「ありがとうターカス!二人きりのおうちなんて、素敵だわ!」
作品名:メイドロボットターカス 作家名:桐生甘太郎