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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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メイドロボットターカス

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「お嬢様」

なじみ深い、少し割れた低い金属音のような声に顔を上げると、彼は樹脂に包まれた空洞の目の奥で、微笑みの形にランプを灯していた。彼はいつも通りに体を黒のカマーベストと黒のスラックスで包み、旧式ロボットらしい少し無骨な体をして、丸い頭を私のところまで下げて、私を覗き込んでいた。

「ターカス!探したのよ!どこに居たの?ねえ、私の部屋で遊びましょうよ」

「それよりお嬢様、今はお稽古のお時間ではございませんか。わたくしとお遊びになるのはまた夕になってからにして、わたくしは倉庫に戻ってはいけませんでしょうか?」

“倉庫…?”

「ターカス、どうして倉庫なんかに行くの…?」


私は、嫌な予感がした。倉庫は屋敷の裏庭の端にあり、そこには、壊れたロボットたちも入れられている。

「わたくしは今はあそこで休ませていただいております。亡きお父上も、わたくしのために特別にベッドを設えてくださいまして」

私はその時初めてターカスの今の処遇を聞いた。確かにターカスがメイド長の自室に帰って行くところは見ていなかったけど、父の死や、残された自分がこれからの身の振り方をどうするのか、後見人の叔母から教わって覚えるので、精一杯だった。

“お父様は、そんなことまでして、どうして急に新式ロボットを迎え入れたのかしら?ターカスが居てくれなくちゃ、私はとても悲しくて仕方ないのに…”

「ねえ、ターカス」

「はいお嬢様」

にこにこと大きな丸い目の形をした透明な樹脂の向こうでターカスは笑っている。

「あなたは…この間まで、メイド長だった…」

“そうよ、そうだわ。この間までは、わたくしに一番力添えをしてくれたターカスが、それに相応しいメイド長だったわ…それが急に家の隅に追いやられて…こんなのってないわ”

「そうですね」

ガラガラとしたターカスの声は、それでも温かい。

「急に仕事をしなくなって、誰とも遊ばなくなって…退屈じゃないの?」

するとターカスはまたにこにことしたまま、こう言う。

「お嬢様、わたくしたちロボットに「退屈」という状態はございません」

“変だわ、そんなの”

私はこんな風にターカスの心配をしているのに、彼がわかってくれないから、ちょっと自棄になって、こんなことを言ってしまった。

「そう…ターカスって、馬鹿なのね」

するとターカスは一度首をひねり、彼の頭脳のあたりにある動力炉が、一瞬「ヴヴン…」と唸るのが聴こえた。

ややあって、ターカスはこう言う。

「お嬢様、わたくしたちには、あなたがたから教えられた途方もないほどの情報がありますし、自在にそれを操ることもできます。「馬鹿」というのは、「記憶力や理解力の劣る者」という意味ですから、わたくしは決して“馬鹿”ではございません。充分にお嬢様のお役に立てます。もちろん、今は雑用係を仰せつかっておりますから、お嬢様のお近くにいられる時間は限られてはおりますが」

“そういうことを言ってるんじゃないわ…”

「いいえ、馬鹿よ。ターカスは馬鹿だわ!」

私はその時、ちょっとだけ屋敷を振り返り、それからターカスの手を取った。

“この家には、もう私の血族は誰も居ない。私は独りだわ…そして、私がひとりぼっちだった時になぐさめてくれたターカスがこのまま倉庫に押し込められてしまったら、私は本当に独りぼっちになってしまう…!”

“子どもである私の話なんか誰も聞いてくれない…でも、ターカスは違うわ。だから、彼といつでも一緒に居られて、誰も邪魔をしないところへ…!”

私はもしかしたら、父を亡くしてとうとう血筋の者が家から居なくなったことで、さびしかったのかもしれない。でも、それだけではなくて、ターカスと一緒に居られなくなるということの方に、より強いさびしさを感じていたと思う。もしかしたら私にとってターカスは、両親以上の存在だったのかもしれない。

自分がこれから言おうとしていることで、私は喉と手が震えた。でもこれは、ターカスが私の部屋を去ってから、もうずっと考え続けていたこと。時折屋敷の隅で花瓶を磨いていたりする姿を見て、少しの間話をしていたら、新しいメイド長のマリセルに見とがめられたりするようになってから…。


「ターカス、この家を出るのよ」


私は、その時の自分の声に驚いた。自分の言葉の確かさ、“最良の選択をしている”と強く感じたこと。私はじっとターカスを見つめる。

「出る、と、おっしゃいますと、どのような意味でしょうか。外出なさる前に、お稽古にお戻りください」

「いいえ!ターカス!私を連れて、どこか二人で住める場所を探すのよ!」


私は、ずいぶん前から、この家に嫌気が差していた。お父様は私をわかってくれないことの方が多かったし、お仕事で倒れてしまうまでは、私はいつもターカスとおしゃべりをしたり、チェスをしたりした。もちろん、ターカスに勝てたことはなかったけど。

そんなターカスが急に倉庫に押し込められてしまうなんて、やっぱりおかしい。だから、ターカスがいつまでも私のそばで世話をしてくれる場所に行きたい。ずっと望んでいたことを口にできたことで、私は一種の興奮を感じて、体が熱くなった。


でも、ターカスは慌てて両手を振り、私を引き止めた。

「お嬢様、それはなりません。あなたはこのお屋敷の現当主でございます。まだ後見人に叔母様がいらっしゃるとは言え、このお屋敷を離れてどこかへ行くなら、お散歩はいかがですか?」

「そういうことを言っているんじゃないわ!ターカス!ホーミュリア一族本家当主の名を持って命じます、私を連れて、この家から離れなさい!」

私がそう言うと、すぐにターカスはまたにこにこ顔に戻り、「承知しました。では、わたくしの背におつかまり下さい」と、後ろを向いて、背中を差し出してくれた。私はそこに圧し掛かり、「それでは、まいりましょうか」とにこにこ顔で振り返ったターカスに、「うん!行こう!」と返した。


「ところでお嬢様、どこにおゆきになるのでございましょうか」

「どこでもいいわ!私たち、二人で住みましょうよ!その方がきっと楽しいわ!」