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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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メイドロボットターカス

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第75話 思い出は空の中





お嬢様が完全によくおなりになり、わたくしの訪問を大変喜んでいて次はまだなのかと仰るようになったと、マリセルからテレフォンが来た。お嬢様本人からも来た。


「ゴルチエ様、わたくしがどんなによくなれたのか、ぜひともあなたにお知らせしなければいけませんわ。わたくしの大切なお友達ですもの。ですからね、今度お屋敷に伺うわけにはまいりませんかしら?」


わたくしはそれに「ええもちろん」と返し、なんだかんだと貴族らしい言葉を付け加えたつもりだ。お嬢様は嬉しそうだった。


でもわたくしはいつまでもターカスのままだ。わたくしはロバート・ゴルチエという皮を被ったターカスだ。そのことをお嬢様には永遠にお伝えできない。わたくしはほのめかしてしまったが。

「あなた、なんでもご存じなのね?」

お嬢様は大変に不安で不思議そうだった。あのあとお嬢様がロバート・ゴルチエをどうお感じになったかわからないが、どうやらわたくしのことは気に入って下さったらしい…

わたくしはフォーミュリア家とはまるで違う不便な屋敷で、今日も重なった疲労を癒そうとガサガサするリネンに身を任せた。



前日からわたくしはゴルチエ男爵として就いている任で、2日間のお休みを頂いた。ゴルチエ男爵はメキシコの伝統的な繊維産業企業の社長で、大変な資産家ではあるが、彼は倹約家として有名らしい。そして、人付き合いをまったく好まず貴族社会の中でも人を遠ざけ、家にはほとんど誰も招かないのだとか。だからわたくしがヘラお嬢様の誕生会と銘打った時には、貴族全員が「求婚をするつもりだ」と真っ先に囁きあったらしい。私の意思としてもそうなのだが、ゴルチエ男爵の交友関係がこんなに狭いとは思わなかった。貴族の何よりの武器は今でも交友だ。



「初めのご招待をお断りしたことをお詫び致します、ゴルチエ様。わがままを聞いて頂きうれしいですわ。やっとお屋敷にお伺いできましてとても楽しみです」

お嬢様はわたくしのお屋敷の玄関でそう言って会釈をしてから、わたくしに握手を求めた。わたくしは初めてその感触を味わう。人間にしかそれはできないのだとわかった。やわらかく、冷えた手のひら。お嬢様は運動をするのが難しいので、基礎体温が低く冷えやすいのがわたくしは心配だった。

「いいえ。ご無理をなさっていないのなら、いつでもおいでください」

「無理だなんて!心配性なのね男爵様は。ありがとうございます。わたくしはもう大丈夫。あなたにそう言えてよかったわ」

「ええ…」


その日わたくしは、「自分はターカスなのだ、生まれ変わったらゴルチエ男爵になっていたのだ」と口に出さないようにするので精一杯だった。ロボットの時にはいくらでもできた自制が人間にはこんなに困難なのかと、途方に暮れかけた。

「男爵様?ご気分がすぐれないの?」

お嬢様がご退屈なのに気が付いて慌てて訂正すると、彼女は少しお笑いになった。

「まあこの方は。人の心配ばかりして自分のことを忘れていらっしゃるのね。それじゃいけないわ。じゃあこうしましょう」

お嬢様はそうお言いになってすうっと首を上に向かせた。そのままでお喋りになる。

「ねえゴルチエ様。もしここがなんの束縛もない空の中で、あなたが決して落ちもしないとなったら、あなたはどうお思いになるかしら…」

それは他愛のない友情に満ちた空想のはずだった。しかしわたくしはお嬢様に実際に同じことををした。一緒に空を飛ばせて頂いたのだ。

わたくしは何かを言わなければならない。ゴルチエなら言うことを。しかし言えなかった。わたくしはターカスだ。お嬢様にそれをお伝えしたい。今はそのためだけに生きている。

「ええ…もしかしたら、あなたを背に乗せているのかもしれません。夢の中で」

お嬢様は驚きになったが、もう慣れたものと言うようにわたくしにお笑いになってくださった。

「またおかしなことを言うのねあなたは。でも、わたくしもそんな夢が見たいわ」