メイドロボットターカス
お食事のあとでリビングであるホールに戻ってわたくしたちはチョコレートを飲んでいた。男爵がお好きなのはオールドチョコレート。酸味と辛みがあって、大変に古い時代、初めに生み出されたカカオ飲料。まさかそんなものがお好きだなんて思わなかった。わたくしは男爵には言わずに、いつものように甘くしたチョコレートドリンクを飲む。
「あんまり美味しそうにお飲みになりますのね。なんだかうらやましいわ」
「ありがとうございます。こんなに良質なカカオはなかなか手に入らない」
「頂きものですの。お口にあってよかったですわ」
「ええ、もちろん」
ああ、こんなに新しい人と喋るのが楽しいなんて。貴族なんてみんな自慢ばかりかと思っていたわ。
「ところでお嬢様、こんなに長くお座りになっていてお疲れになりませんか?わたくしはご自慢のお庭を見せて頂きたいのですが、その間お嬢様がお休みになるのがよろしいのでは…」
男爵は遠慮をしながらそう言う。まあなんて回りくどい思いやりなのかしら。こういうところは貴族ね。
「いいえ、わたくしが全部教えてあげますわ、いつも咲く薔薇は違いますの」
「ですが…」
「大丈夫ですわ。だってわたくし、初めてお友達ができたのですよ」
「それはそれは、大変に光栄でございます」
男爵は恭しくこちらに頭を下げてくれた。
わたくしたちはわたくしの歩行器に合わせて緩やかに庭を進み、わたくしは一つ一つ薔薇の名前を説明した。
「そしてこれが…」
「クリムゾングローリー。お嬢様の一番好きな品種ですな」
わたくしは思わず大きく振り向き、男爵がどんな顔をしているのか確かめた。彼は驚いてもおらず、むしろ懐かしさを込めて真っ赤に染まった薔薇を覗き込んでいる。
わたくしは、言おうかどうしようか迷った。でもここで口を挟まないのはむしろおかしい。だから言わないと。思い切って。マリセルを振り返ってみると、彼も大いに困惑している。わたくしは腹を括った。この言葉次第で何かが起きるわ。でもわたくしが責任を取らなきゃいけないとも限らない。ええい!
「あなた…なんでもご存じなのね…?」
男爵はクリムゾングローリーから目を背け、悲しそうな顔で庭から遠くの街を見詰めていた。そしてわたくしを振り返り微笑むけど、まだ悲しそうな顔をやめない。
「ええ、とても困ったことに、そうなのです」
わたくしはその夜不思議な気持ちでベッドに横になっていた。不安と気力がどんどん膨らみ、胸を裂いてしまいそうになるのになんだか嬉しい。嬉しいわ。
「彼は…誰なのかしら…」
わたくしは社交界には居なかった。そんな子供の好みなんて社交界に漏らしてはいけないはず。元から機嫌を取っておこうとするのをやめさせるため。それなのに男爵はもうすべてご存じのようだわ。明日はローズ叔母様にテレフォンをしてみなくちゃ。だって叔母様以外に教えられる方は居ないもの。でも変だわ。クリムゾングローリーが一番好きだなんて、わたくし誰にも…
作品名:メイドロボットターカス 作家名:桐生甘太郎