メイドロボットターカス
「ねえねえ!マリセル!ターカス!今度は“だるまさんがころんだ”よ!」
「お嬢様、もうピアノのお稽古のお時間でございます。お遊びはまた今度に」
「ダメよ!ターカス!あっちを向きなさい!あなたが鬼よ!」
「はい、お嬢様」
「ターカス!君も止めて下さい!」
「私は、お嬢様のおっしゃる通りに…」
「いいから早く!」
ターカスの様子は、すぐに良くなる物ではなかった。でも、なるべく真実は言わないままで、お嬢様にその事を分かってもらった。
“なんとかターカスを元に戻せるように、今、バチスタ博士が動いているはず…”
私はそう思って自分を元気付け、お嬢様とターカスに、必死に向き合っていた。
少しは元気の出た様子のお嬢様は、前と同じように、ターカスと一緒に居ると、よくお笑いになった。それを見て私は安心した。そこへ、家の通信端末が鳴り出す。
「はいはい…お嬢様、家への通信です。少々ターカスとお待ち下さい」
お嬢様は、ターカスの腕を引いて、歩行器を進め、駆けて行ってしまう。
「分かったわ!庭で遊んでいるから、お食事になったら呼んでちょうだい!」
「お嬢様!」
私がお引き止めしても、お嬢様は振り返らずにターカスを連れて行ってしまった。とにかく通信を取るため、私は壁を2回タッチする。
「フォーミュリア家、メイド長のマリセルと申します。どなた様でございますでしょうか」
私がそう言うと、電話の向こうからは、こんな言葉が聴こえてきた。
“ダグラス・ロペスだ。その件は失礼した。今、シップを向かわせている。それに、とにかくターカスを乗せてくれ。彼だけでいい。彼は、もう一度軍が徴用する事になった”
私は言葉が出ず、何かの聞き間違いかと思った。でも、私達ロボットに、“聞き間違い”という概念はない。
“理由を聞いて、承認出来ないものであれば、なんとしても拒否しなければ”
私はそう思って、慎重に声を出す。
「お久しぶりです、ロペス中将。それは、どういう事でしょうか?なぜターカスをまた軍にお連れになるのですか?理由を聞かない事には、わたくしは軍用のシップにターカスを乗せる事は致しかねます。メイド長として」
通信端末から、大きな溜息が聴こえてきた。私は待った。
“詳しい理由は省きてえんだがな…オールドマン邸で、ターカスの偽物が現れた。でもあちらは、バチスタ博士の見立てでは、ターカスの脳細胞を移植されている様子らしい”
「それは…!」
私は、驚き、喜び、混乱で、言葉が詰まった。中将はそれを拾う。
“ああ。つまり、頭の中身は、あっちが本物のターカスだ。それを俺達は取り戻さなきゃいけないが…”
「それなら、他の軍用ロボットに…!」
私がそう言い掛けると、中将はこう捻じ込んだ。
“ターカスより強いロボットは居ない。だそうだ”
私は、もう決まってしまったターカスの行き先を思って、そこで彼が傷つくのがいくらかなのかを、すでに考え始めていた…
私が食事を取る前、ターカスは、マリセルに呼ばれてどこかへ行ってしまった。
戻ってきたマリセルにターカスがどこへ行ったのか聞いたら、マリセルは、「倉庫でメンテナンスを行っているのです。危険ですので、倉庫へは近寄らないようになさって下さい」と言った。
「まあ、つまらないわねえ。でも、ターカスはロボットだもの。私達が眠るのと同じに、メンテナンスが必要よね」
そう言うと、マリセルは「ええ、もちろんですとも」と笑っていた。
夕食の時、私は足元にコーネリアを連れて来てキャベツをあげてから、自分の分のシチューを食べた。
「ねえ、マリセル…」
食事室の隅に居たマリセルに声を掛ける。彼が振り返る時、それはずいぶん不安そうな顔に見えた。
「どうしたの?」
不思議に思ってそう聞くと、マリセルは慌てて首を振る。
「い、いえ。なんでございましょうか、ヘラお嬢様」
私の足元に居たコーネリアは、いつもの癖で早くご飯を食べようとして、キャベツをぽとぽと落としてしまっていた。それを拾うのを手伝ってあげてから、私はマリセルに微笑み掛ける。
「お食事の時だけだけど、私、コーネリアと一緒に居られて楽しいのよ。ありがとう、マリセル」
始めはマリセルは、「野兎でしたら、家の中へは入れられません」と、頑なだった。
でも、ターカスと私が上手くいかなくなってから、マリセルはコーネリアを家の中に連れて来てくれた。その事にお礼を言いたかったのよ。
「いいえ。わたくしは、初めは突き放すような言い方をしてしまいまして…お嬢様のご安心を考えられず、申し訳ございませんでした…」
そう言ったマリセルに私は首を振って、もう一度お礼を言った。
「おいでなすったぜ。2体目の最終兵器が」
メルバが、空から降りて来る小さなシップの腹を見上げて、呟く。
「じゃあ、もう一度突入ね。ロペスさん。私達はサポートに回りましょう。ターカス対ターカスには、おそらく邪魔が入るだろうし」
「ああ。ただ、私は使える武器は限られてる。君達が主な盾役だろう」
「もちろんそうさ。じゃあアルバ、エネルギーは満タンだな?」
「ええ。まったく、ここんとこは重荷な仕事ばかりだわ」
子供達とロペス中将は、短く話し合いをしていた。
私は、躊躇いがちにシップから降りて来た彼に、手を差し出す。
「ようこそ、ターカス。事情は聴いたかな?」
彼は神妙な顔をして頷き、私の手を取った。
作品名:メイドロボットターカス 作家名:桐生甘太郎