メイドロボットターカス
「ターカス!ターカス!大変なの!」
「どうなさいましたか、お嬢様」
私は歩行器から降りて、じたじたとおなかをよじるコーネリアに向かってかがみこんでいた。コーネリアはさっきからずっとそうやっていて、草を見せても顔を向けてもくれない。
“きっと苦しいんだわ!”
「これは…少々お待ち下さい、お嬢様。少しコーネリアをスキャン致しますので、そちらの方へ…」
「ええ、わかったわ。本当にどうしたのかしら…」
私は背の低い歩行器にしがみついて木の床に座り、ターカスの両目から発した光が平面のスキャナーを作り出して、コーネリアを覆うのを見ていた。
すると、すぐにターカスは真剣な目をする。
「わかりました、お嬢様。コーネリアの胃袋の中に、お嬢様が昨日なくされたとおっしゃった髪飾りの影が見えます。おそらく誤飲してしまったのでしょう」
「えっ!?どうするの!?」
「手術で取り出すのです。もしくは吐かせることができればいいのですが、何分髪飾りには金具がありますから、それは難しいでしょう」
「そんな!コーネリア!ごめんなさい!」
私は、スキャンが終わったあとも苦しみ続けるコーネリアを覗き込もうとした。でも、ターカスはそれを止める。
「お嬢様、一刻を争うかもしれませんので、わたくしはこれからお嬢様のベッドの上をお借りして、無菌室を作ります。お嬢様は、テーブルに就いて待っていてください」
「わ、わかったわ…ターカス…!」
“きっと成功させてね”
そう言いたかったのに、自分の過ちでコーネリアを苦しませている私には、それが言えなかった。でもターカスはコーネリアを手で運ぶのではなく、浮かばせて運び、上に着ている服を脱いでから腹のあたりを開いて、手術器具らしき硬化樹脂をいくつも取り出した。
「お嬢様、ヘラお嬢様」
私はテーブルに伏して泣いていた。
“私がなくした髪飾りを惜しがっている間にも、コーネリアは苦しんでいたかもしれないわ。それなのに私ったら、コーネリアを抱き上げたり、おなかを撫でたり…何も知らずに…ごめんなさい、コーネリア…”
「お嬢様、顔を上げてください」
ターカスの声に顔を上げようとしたら、なんと目の前からコーネリアが私の顔めがけて突進してきた。
「きゃあっ!コーネリア!?」
一体どういうこと!?さっき手術をすると言って、コーネリアは…?
でも、コーネリアはもう苦しがっていないし、いつものように私の首元や唇をふんふん嗅いでいて、ふわふわの鼻を押し付けてきた。
不思議に思ってターカスを見上げると、彼は元のように黒いカマーベストにスラックス姿に戻っていて、まるで何も起きなかったかのようだった。
「もう大丈夫でございます。傷口の部分的な成長促進によって、コーネリアは回復しました」
なんとなく意味はわかったけど、私はやっぱり感嘆してしまった。それから、どんどん涙があふれる。
「ごめんね、ごめんねコーネリア…もうよくなったのね、本当に、よかった…!」
「お嬢様、お目が腫れておしまいになります…」
「いいえ、今くらい泣かせてちょうだい。わたし今、とても嬉しくて、苦しいのよ」
私は、できるだけそっとコーネリアを抱きしめた。ターカスも私をいつもよりずっと優しく、包んでくれた。
「問題はどうしてお嬢様がそんなところへ連れて行かれたかです。それによって、われわれの選ぶ手段は変わってくる。つまり、「お嬢様奪還」か、もしくは可能性は低いですが、「お嬢様の説得」か。これは、「連れ去り」か「家出」かで決まります」
「ええ、でもお嬢様は確か、いなくなられる前にターカスをしきりに探しておいででした…ですから、もしかすると、ターカスに命じてこのお屋敷をお出になったのかもしれません…」
「それか、もしくはターカスがメイド長を辞めさせられたことが不服で、なおかつもっと大きな見返りが欲しいからと、現当主であるヘラ・ホーミュリア様をさらうことで、あとから脅しを仕掛けてくるかもしれない…」
「そんな!ターカスはそんな者では!」
「ないと言えますか?ターカスは戦闘基盤なのですよ?彼は戦闘、および交渉、そして参謀のスペシャリストとしての素質を持ち、本来なれば戦場で人間の命すら奪えるように設計をされている…もちろん、初めにこの家でどんなプログラミングをされたかはわかりませんが…」
マリセルは愕然と項垂れ、私は少しの間考えていた。
“とはいえ、交渉ならばもう3日も過ぎていることを考えれば、遅すぎる。何か他の狙いか、もしくは本当にヘラ・ホーミュリアが家出をしたがったのか…それにしても、厄介なことになった…世界連か…”
作品名:メイドロボットターカス 作家名:桐生甘太郎