鈴蟲
「へぇ、ウチは飯屋もやってるから大丈夫だ。だけどもウチの飯は高けえぞ。あんた金は無さそうだからな。大きな声じゃ言えねぇが、馴染みの客は皆、五軒先の酒家で済ましてから来るだ」
「そうかい、お嬢ちゃん。でも大丈夫だ。金ならほら此処に――」遠雷は懐から出した革袋を手の平で弾ませてその重みを見せる。重そうにくぐもった貨幣の音が革袋を通して聞こえた。
「な、だから高いもんじゃなくて良いから何か持って来てくれ」
「はい」小女はにっこりと笑って出て行った。
やがて取っ手の付いた木の桶を下げて小女が部屋に入ってきた。蓋を取ると中は棚に成っていて料理が幾つか入っていた。小女はそれを小さな卓に並べ、最後に赤い花の絵が描かれた白い瓶子《へいし》と杯を出した。
「お客さん、お酒は要らんかったか? 旦那さんが持ってけって言うんだよ、要らねぇならお茶と取り替えるけど」
「いや構わねぇ。飲むから置いてけ――」遠雷はばつが悪そうにしている小女に一番小さな硬貨を革袋から出して与えた。
「ありがとうございます。でも……」
「いいから、旦那には内緒だ。ところでお前、名はなんと言う。歳は?」
「あたし朝顔って言います。十二歳です。本当の名前じゃ無いけど――」
その時、格子のついた窓の外から、りいん、りいいんという不気味な音色が聞こえて来た。
「お、おい、あれは何の音だ。まさか……」遠雷は身体を硬くした。背筋を寒いものが駆け上がり。冷や汗が流れるのを感じた。
「あ、あれね。あれは“ふうれい”って言うだよ。風の鈴って書くんだって。もっともあたし、読み書きはまだ出来ないんだけどね。
なんでも腹を空かせた化け物が共食いをする時に出す鳴き声に似せたんだって。化け物があんな奇麗な声を出すなんて信じらんねぇけど、あれを吊るしてると化け物は近寄って来ないんだって。どうせお年寄りの信じる迷信に違いねぇんだけど。あたしはとっても好き……」
「だめだ」朝顔が言い終わらないうちに遠雷が大きな声を出す。
「だめだ、外せ。あんなものがあったんじゃ安心して眠れねぇ」それまで機嫌の良かった遠雷の突然の変貌に朝顔は戸惑う。