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ドーナツ化犯罪

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 と、諭すように門倉刑事がいうと、
「うん、実は一度この部屋からイヌが飛び出してくるのを見たことがあるんだ」
 というではないか。
 確かイヌが飛び出してきたというのは、死体発見者である管理人と、隣の奥さんがそれを見たというものではなかったか、その時に子供がいたという話は聞いていないし、これは一体どういうことなのだろうか?
「それは一人で見たの?」
「うん、少し前だったんだけどね」
 というではないか。
 やはり少年が見たのは、死体発見の時点ではなかったということになる。死体発見後はこの部屋は厳重に立ち入りは制限されていたので、少年が犬を見たというのは、河村氏が殺される前ということになる。もっと詳しく分かればいいのだが、
「いつ頃のことだったか、覚えているかな?」
 と聞くと、
「日にちとかいう難しいことは覚えていないけど、確か昼から雨が降った日だったと思う。まだずっと雨が降っている時が続いていたので、早く夏にならないかなって思っていた頃だったので」
 やはり、梅雨の時期に間違いはない。
「その時、君は部屋の中からイヌが飛び出してきたのを見たんだよね? その時に、誰かがその後部屋から飛び出してこなかったかい?」
「ううん、そんなことはなかったよ。扉が開いて、イヌが飛び出してきたのでビックリしていると、扉がすぐにしまったんだ。閉まる音がしたので、その時にしまったんだと思う。イヌを追いかけようと思ったけど、すぐに僕の目の前から消えたので。僕はその場に取り残されちゃって、何があったのかまったく分からなかったんだ」
 と話してくれた。
 管理人と隣の奥さんが見た光景に似てはいるが、扉を開けた人間は違っていた。きっと子供が見た時は中に人がいて、開けたのだろう。
 では誰がいたというのだ?
 普通に考えれば住人である河村氏であっただろう。
 イヌの種類までは分かるかい?
「ラブラドールだよ。僕は犬が好きで飼いたいって思っているんだけど、お父さんお母さんが許してくれないんだ。でも、最近上の階にラブラドールがいるのを知っているから、たまに遊びに行ったりすることもあったんだ」
「じゃあ、上の階のお姉さんを知っていたの?」
「うん、たまにだけど、イヌと遊びたいと言ったら、いいわよって言ってくれたので、遊ばせてもらったんだ。この間出てきた犬もきっとプチだったんだよ」
 と言った。
「どうして分かるの?」
「プチって声を掛けると、一瞬止まったからね。でもこっちを振り向かなかったんだ。だから、違うかも知れないと思ったんだけどね。でも止まったということはプチなんだって思うんだ」
 少年の澄んだ目は、大人の自分たちには見えてこないものを見せてくれるようだ。
 ここから何かのヒントがあるかも知れないと門倉刑事は思った。
「ここのおじさんのことは知っているのかい?」
「うん、知っているよ。でもここのおじさん、ちょっと気難しそうなところがあるから、僕はちょっと苦手なんだ。何か細かいことにこだわっていそうな気がするんだ。子供はそういうのは勘弁してほしいって思うからね」
 これは少し意外な意見だった。
 どこの部屋の人に聞いても、管理人に聞いても、決して悪いようにいう人はいなかった。子供の目だけを信じていいものなのかは難しいところではあるが、
「しょせん、子供の意見」
 として簡単に片づけられることではないだろう。
 このことから門倉刑事には河村氏に対して、
「こだわりを持つと徹底的に思い込むタイプではないか」
 と思うようになった。
 少年に話を聞いた痕、門倉刑事は後輩に聞いてみた。
「君は今の話をどう思う?」
 と聞かれた後輩は、怖いもの知らずというか、臆することなく答えた。
「うーん、ハッキリは分かりませんが、僕にはなんだか、予行演習をしていたような気がするんです」
「というと?」
「まったく同じことが、数日前にここで起こった。それはあきらかに河村氏が何かを計画して行ったことに思える。しかしその時には何かが起こっているわけではなく、表に出ていない。子供が見ただけだ。でも、その数日後に人が殺され、同じようにイヌが飛び出してくるという同じようなシチュエーションがあった。何かこれは本当は自殺だったのに、それを他殺に見せようというための予行演習だったんじゃないかって思ってですね。イヌを躾けて、何かをさせたかった。たとえば凶器を咥えてどこかに放置するようなですね」
「なるほど、それはありえるかも知れないな」
 とは言ってみたが、自殺にはあまりにも問題がありすぎる。
 何といっても自分の首を掻き切っての自殺など、恐ろしくて考えられない。だが、そう考えればほとんどの説明がつくような気がした。
 自殺と思えなかった理由には、まず第一に今の発想である。そしてもう一つは凶器が公園から発見されたということ、確かに不自然だと前述のような指摘も考えたが、あまりにも現実味がなかった。だが、今のイヌによる予行演習をしていたのだとすれば、その根拠も大いに出てくるというものだ。

                  プチ探偵

「それにですね。河村氏は安藤綾音さんと仲がよくて、彼女の犬を引き取ったばかりか、精神内科にも一緒に通っていたわけでしょう? しかもその精神内科に通うだけの理由を作った男も殺されている。河村氏も怪しいんじゃないでしょうかね」
 前の日に鎌倉探偵と話をした時に出てきたことでもあるが、複雑に見える事件であっても、一つの糸がほぐれれば、意外と単純な事件だったりする。その話を門倉刑事は思い出していた。
「僕はこうも考えているんですが、まずモルヒネを河村さんが接種していたと言ったでしょう? これはやはり、死への恐怖と首を切ることへの恐ろしさを少しでも軽減させようという考えですね。もちろん、そのモルヒネを提供したのは、あの医者ではないでしょうか? 医者がどの場面からこの事件に関与してきたのかまでは分かりませんが、ひょっとすると綾音さんに同情したか、好きになってしまったのかも知れません。本当は自分が敵を討ちたいと思っていたのだけれど、ちょうど彼女を好きになった男がいる。彼をたきつけることを思いついたのかも知れませんね。それがどこでどうなったのか、彼女が最後の一線を越えていたという彼女に聞かれてはいけない話が彼女の耳に入ってしまった。ひょっとすると、医者と河村氏の会話を偶然聞いたのかも知れない。そのことを河村氏が知っていたかどうかなんですが、少なくとも医者は分かっていたんじゃないかと思いますよ。分かっていたからこそ、彼女は自殺したんだと思ったんじゃないでしょうか?」
「うんうん、なかなか鋭いところを突くじゃないか。俺もその通りなんじゃないかって思うよ」
 尊敬する門倉刑事に褒められて、後輩刑事は有頂天になっていた。
 すでに頭の中である程度の推理はできあがっているようで、門倉刑事は聞いてみることにした。
――もし時間さえあれば、俺にも分かりそうに思うが、ここは後輩に花を持たせるのもいいかな――
 と思ったのだ。
作品名:ドーナツ化犯罪 作家名:森本晃次