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火曜日の幻想譚 Ⅲ

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263.先導の誘惑



 今日は待ちに待った駅伝の日だ。

 とは言っても、私はランナーではない。彼らを導く白バイ、先導の役割だ。小さい頃、テレビで放映していたマラソン大会を見て、なぜか私はランナーよりもその先を走るバイクに憧れた。その念願がようやくかない、今日、初めての先導を行うのである。
 普段と変わらぬ時間に起き、普通に朝食をとる。なにも特別なことはしなくてもいい。ただただ、走り慣れた道を練習通りに走ればいい。自分にさんざん言い聞かせるが、それでもやはり胸の高鳴りが抑えられない。平常心で箸が震え、思わず漬け物を取り落として妻に笑われた。

 数時間後、私は白バイにまたがって駅伝の先頭グループのさらに先を快走していた。今のところ何も問題はなく、ペースも上々だ。このまま行けば、何の問題もなく終わる。私は奇妙な焦燥感で、この昔から憧れていた時間が、早く終わるよう祈り始めてしまっていた。
「…………」
 駅伝も終盤、三つのチームが先頭グループを形作り、デッドヒートを繰り広げている大切な場面。私は事故に気を付けつつ、先導を続けていく。数分後、1チームが脱落し、残った2チームのデッドヒートとなる、先ほど以上に、いや、今日のハイライトと言ってもいいほど重要な場面。
「……失敗はしちゃいけない」
私は思わず小声で口走る。意識を集中させ、ハンドルを握る手に力がこめる。

 だが……人間という生き物は、思えば思うほど、逆の考えもまた心中に芽生えてしまうものだ。失敗はしてはいけないという状況で、ど派手に失敗したいという誘惑。そんな厄介な代物がむくむくと頭をもたげてくる。緊迫した空気。息を飲む沿道の観客。必死に争って手足を振る二人のランナー。そんなプレッシャーの中で、瞬間、私のタガは外れてしまった。

 突然ルート外の小道に入り、その先の行き止まりで私は白バイを止める。ついてきた二人のランナーは放心状態で立ち止まる。今頃、3位以降のランナーは正しい道を通っていることだろう。

 一瞬でいろいろなものを壊してしまった私は、それでも、どこかスッキリした気分で目の前の行き止まりをながめていた。


作品名:火曜日の幻想譚 Ⅲ 作家名:六色塔