火曜日の幻想譚 Ⅲ
264.狐の嫁入り
朝。目を覚まし、緊張の面持ちで部屋のカーテンを開く。青い空が広がり、そして眩しい陽の光が部屋に差し込む。取りあえず、まだ天気のほうは大丈夫なようだ。でも安心はできない。私はそんな心持ちで、準備を始めた。
自分のことをキツネではないかと思い始めたのは、いつのころからだろうか。
幼稚園のとき、お友達につり目であることを指摘されたとき。
「じゃあ、あたし、キツネなのかもしれないね」
冗談でそのお友達にそう言ったのを、幼心に覚えている。
それから小学校に上がり、同級生の男子に耳が少しとがっていることをからかわれたことがあった。それが嫌でたまらなかった私は、つい彼に向かって言い返した。
「だって、あたしキツネだもん」
今思えば、売り言葉に買い言葉で言っただけなのだが、なぜか自分は、本当にキツネなんじゃないかという思いが深まった気がした。その言葉のせいだろうか、それ以降、油揚げを妙に意識するようになり、一時期はきつねそばやおいなりさんを食べないようにしていたくらいだ。
大人になって、さすがにもう油揚げを食べないなんてことはない。けれども心のどこかで、自分が人間ではなくキツネじゃないかという疑念は拭い去れていない。
そんな私は今日、結婚式を挙げる。当日の天気はどうなるだろうか、予定を組んでいるときから、そのことばかり考えていた。私はキツネじゃない、ちゃんとした人間のはず。でも、もしかしたら……。次第に心の中に、先ほどの疑念がじわりじわりと広がっていく。
教会に赴き、諸々の準備の後に式が始まる。新郎と私は入場し、誓いの言葉や指輪、口づけを交わしていく。そのとき、ふと耳に飛び込んでくる来賓客の声。
「外、太陽が出てるのに雨が降り出したみたい」
「へえ、珍しいね」
その言葉を聞いて、私の胸はとくんと高鳴った。
(やっぱり……)
私は心の動揺を隠し、新郎とバージンロードを歩いて退場した。
私たちは教会から外へ出る。確かに、晴れているのに雨粒が落ちてくる。見事な天気雨━━キツネの嫁入りと呼ばれる天気だった。
動揺していた私は、この天気を目の当たりにして、さらに落ち込むだろうと思っていた。でもその予想とは裏腹に、妙に勇気づけられるものを強く感じた。私はキツネ、それでいいじゃないか。人間どもをだまして、だまして、だし抜いて、したたかに生きてやろう。いっそ、かわいいフサフサのしっぽが生えてくればいいのに。そんなふうに考えるようになっていた。
「コーン!」
力強い決意とともに発した私のおたけびを聞いて、おどけたと勘違いした夫は隣で優しくほほ笑んでくれる。青空にかかる虹を見ながら、キツネとして、この人と一緒に生きていこうと思った。