火曜日の幻想譚 Ⅲ
266.手袋エレジー
片方だけ落ちている手袋を見ると、とても悲しくなる。
別に、落とした人のことを思ってではない。落とした人は、今後自分の不注意をあらためればいいだけだ。私が悲しく思うのは、落とされた手袋の方なのだ。
これが例えばマスクのようなものなら、私も特に気にはならないだろう。ならば、なぜ気になるのか。いろいろな問題があるが、やはり対のものがあるからだと思う。生き別れてしまった彼らが、再び巡り合って一組になる確率はどれほどだろう。初恋の人と結婚できる確率ほどではないだろうが、かなり低い気がする。
ということは、あの道路や駅の階段で寒そうな姿をして落ちている手袋。あの手袋は、もうほぼ連れ合いと再会することはかなわないということだ。なんという悲劇。私たちは、そんな悲劇を目の当たりにして普段過ごしているのだ。
私は、これ以上この悲劇を繰り返さないための方法を考案した。落ちている手袋を再び一組に戻すための作業。それを、みんなで行おうと考えたのだ。具体的には、落ちている手袋の場所、大きさ、形状をみんなにMAPのアプリに記入してもらうのだ。そしてそれを見た人が急いで取りに行く、という寸法だ。
こうすれば、手袋たちが再び出会えなくなる悲劇も多少は回避できるだろう。私はそう思っていた。
ある日、落ちた手袋の情報を確認してみる。すると、高速道路上で軍手が落ちているという記入が多いことに気がついた。そう言えば、確かによく見かけるな……。何か理由があるのだろうかと思い、調査をしてみる。すると、トラックの給油口に被せるのに用いるという結果を得た。ということはあれか。トラックの運転手のみなさんは、最初から軍手を対で使っていないということか……。
私はその事実を知って絶望し、みんなが記入した手袋の情報をすべて削除した。