火曜日の幻想譚 Ⅲ
267.健康診断
おっさんになってくると、健康診断が健康診断ではなくなってくるんだよ。
「うん、肝臓悪いですね。ちょっとお酒、控えましょう」
「血糖値上がっちゃってますよ。糖尿病、怖いんで気をつけてください」
こんな感じで、医師に怒られる。言い方こそ最近は優しいが、言ってる内容は、大好きなものを我慢して大嫌いなことをやれ、そんなことを言っているだけだ。
これじゃあ、まるで不健康診断じゃないか。改革をする必要があると思わないか。われわれ不健康な者たちの手に、真の健康診断ってやつを取り戻そうじゃないか。
まず、悪い数値をたてに、日頃の生活態度の悪さをあげつらうのがよくない。むしろ、いいところをどんどんどんどん褒めていくべきだ。
「視力1.5ですよ。パソコンやスマホが普及した今の時代でこれは奇跡です」
「eGFRが非常にいい値を出してますね。いい腎臓をお持ちですねぇ」
パソコンやスマホをろくに扱えない方も、腎臓が何をしてるのか分からん方も、これなら大喜びだろう。なんせ、体が悪くなるような年になると、人に褒められるようなことなんてないんだから。家庭では爪弾きにされ、会社ではできるのが当然で。せめてどこかで褒めてもらえるような、憩いの場があったっていいじゃないか、なあ。
でも、これじゃ悪いところが分からないじゃないかって?
そこだよ、そこ。そこを次に説明したかったんだ。唐突だが、今、日本に失われているものと言えば何だい? 結論を言うと、奥ゆかしさではないかと思うんだ。ここまで言えば分かっただろう。悪い項目は、あえて医師に触れないようにしてもらうんだ。われわれは医師の話をよぅく聞く。そして、特にコメントがなかった値や部位を確認して、再検査を受けに行く。そんな医師とわれわれのあうんの呼吸が、新しい健康診断の肝なんだよ。これなら、われわれも医師の話に熱心に耳を傾けざるを得ない。数値の意味がよく分からないなんて人も、必死になるだろう。そういう意味でも、この奥ゆかしさシステム、採用したほうがいいんじゃないかと思うんだ。
何? そんなの危なくてやってらんない? ふん、分かってないなあ。このシステムの素晴らしさを分からないやつは、おそらく脳が不健康なんだろう。一回、健康診断を受けて、こっぴどく怒られてくるんだな!