火曜日の幻想譚 Ⅲ
269.卵
おなかがすいたので、卵かけご飯を食べよう。そう思って、お茶わんにご飯をよそう。さて、お次はと……。卵としょう油、それらを受ける小鉢を用意し、卵を割り入れ、ようとした。
「?」
おかしい。中身が、出てこない。両手に持っている卵の殻を振ってみる。それでも、中身は出てこない。
「まさか、ひよこになって引っかかってるわけじゃあるまいし」
そんな冗談を1人で言いながら、右の手を返して殻の内側を確かめる。
「……」
海。殻の内側一面に澄み渡った、青い海。よく目を凝らしてみても、そこに黄身や白身はいやしない。驚いて、右手を再び戻してみる。重力に従って落ちていくはずの海水は、殻に張り付いたまま落ちてこない。
「それじゃ、こっちは?」
左手を返す。視界に入るは、こちらも澄み渡った空。殻の内側の天球に、さんさんと光が降り注いでいる。
どうやら、まだ生命が誕生する前のようだ。
「そっか、まだ卵だもんな」
合点がいき、二つになった殻をなるべく元のとおりに合わせて、セロハンテープで接ぎをする。それを持って、近所の公園へと足を運んだ。
公園には、ペットボトルのロケットを飛ばす子どもたちがいた。彼らに道具を借りて、接ぎをした卵を打ち上げる。
シュボン! 打ち上がった卵は、大気圏をこえ、またたく間に見えなくなる。きっと、この宇宙の片隅で、生命が産まれて発展していくのだろう。
「いつか、その生命が帰ってこれるといいね」
そう思いながら、ずっと卵の飛んでいった方角を眺めていた。
その頃、家のテーブルでは、お茶わんのご飯としょう油、小鉢が悲しそうにたたずんでいた。