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火曜日の幻想譚 Ⅲ

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271.電車内の宇宙人



 酷暑の中、電車に乗っていた。

 右手でつり革につかまり、ぼんやりと窓の外をながめる。退屈で仕方がない。だが、文庫本なんて持ってきてないし、スマホの充電ももうほとんどない。暇をつぶすものなど、何もない状況だった。

「…………」

 あまりの暇さ加減に、ついつい無言で隣の乗客を見てしまう。はげ上がった額、突き出たおなか、あまり大きくない背丈、脂ぎった肌、ヨレヨレのスーツ。ここまで来るといっそ清々しい典型的なおじさんだ。
 普段ならば、電車で隣の人をこんなにじろじろ見ることはない。だが、今の僕はとにかく刺激に飢えていた。それゆえ、おじさんをまじまじと見つめてしまう。

 そうやって眺めていると、どことなくこのおじさん、もしかしたら宇宙人じゃないかなという思いが、脳からわきあがった。だってそうだろう、つるつるの額、大きく張り出した腹、どちらを見たって、人間離れしている。地球以外の環境で生活してなければ、こんなふうにならないではないか。
 いやいや。そんなことを考えるな。まだおじさんに比べれば若いから、そのようなことが言えるだけだ。おまえだって相応の歳になれば、おなかは出てくるし、髪も抜けてくる。偉大な先達に対して、失礼なことを考えてはならないだろう。
 でも、宇宙人ぽいところは他にもある。あまり大きくない背で、2本のつり革を両手でつかんでいるところ。これ、完全にあの超有名な捕らわれた宇宙人の図じゃないか。もうこれ、絶対本人意識してるって。
 そんなことを言うもんじゃない。おじさんだって疲れてるんだ。何も頼れないこの厳しい現代社会で、彼がもたれることができるのは2本のつり革だけなんだ。会社でも、家庭でも気を張っていなければならない状況で、唯一そこを行き来する電車の中の、さらに無機物しか信用できない彼の心持ちを笑ってはならないだろう。

 暇つぶしのつもりで始めた妄想は、次第にエスカレートして僕の心を二分し、争いを始める。だが、おじさんを見つめれば見つめるほど、宇宙人ではないかという疑惑が優勢になっていく。


 その瞬間だった。

 おじさんは、近々プレゼンでも行うのか、何やら言葉を暗唱し始めた。ちょうどそのとき、車内の扇風機の風がおじさんの顔に正面から当たる。

「わ゛れ゛わ゛れ゛の゛プロ゛ジェ゛ク゛ト゛では……」

「んぐっ」

 思わず吹き出しそうになるのを、くしゃみのふりをしてごまかす。だがこの瞬間、僕の中の争いは、宇宙人説の圧倒的勝利となった。

 やがて駅につき、彼は降りていった。というわけで宇宙人さん、プレゼン頑張ってください。


作品名:火曜日の幻想譚 Ⅲ 作家名:六色塔