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火曜日の幻想譚 Ⅲ

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273.お祈りのお礼



 ある日のこと。

 メールボックスを開き、新着のメールが来ているかどうか確認する。そこには数通のたわいもないものと、1件、『採用結果のご連絡』と題されたメールが届いていた。その文字列を見た途端、僕の心臓は高鳴る。先日の面接の結果だ。僕は震える手で、そのメールをクリックし、その瞬間目を閉じた。数秒後、恐る恐る目を開く。画面にはメールの全文面が表示され、その最後には『貴殿の今後のご活躍をお祈り申し上げます』という、いつもの文面が鈍く光っていた。

「あぁ、またかぁ」

 机の上に突っ伏してため息をつく。もうこれで47社。それだけの『お祈りメール』をもらっていたら、いい加減ため息の一つもつきたくなる。でも、諦めるものか。次こそ内定をもらえるかもしれないし、47社の企業もお祈りしてくれるんだ。僕はそんなふうに決意を新たにして、別の会社にエントリーを出した。


 数カ月後。どうにか内定を得た僕は、とあるメールを送信した。宛先は、今まで『お祈り』をしてくれた企業全てだ。その内容は、今回とある企業に内定をいただいたこと。そして、この内定をいただけたことも、全て、御社の『お祈り』の結果だということを、丁寧にしたためたものだ。
 今回の内定、僕の力というより、僕を不採用にしてくださったかたがたのおかげ、といったほうが正しいだろう。こういうときに謙虚な気持ちを忘れてはいけないんだ。そして、それに対する御礼も忘れてはいけない。今後も何かあったときは、この企業たちに連絡をしよう。そして、僕の活躍を祈ってくれていることにお礼を言い続けようと思う。
 何通か、「こんなメールは送らなくていい」という旨の返信が来たが、そんなのは関係ない。感謝のメールにいいも悪いもあるものか。それに、御社はきっと、僕の今後の活躍を祈る部署を作って、僕の活躍を祈ってくれているんだろう? 僕はそれに応える義務があるし、報告もする義務があるんだから。

 さあ、定年どころか僕が死ぬまで、毎日、お祈り御礼メールを送り続けて感謝してやるぞ。


作品名:火曜日の幻想譚 Ⅲ 作家名:六色塔