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火曜日の幻想譚 Ⅲ

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274.3人分の食事



 夕食の時間。妻とともに食卓につく。そこには妻の分と、僕の分と、もう一人分の食事。

 かつて、僕ら夫婦は子どもを授かった。僕らはとても喜んだし、さぞかし元気な子が生まれるに違いないだろう、そう思っていたのだが、ある日、付き添っている僕がよそ見をしていた際、妻は駅の階段を踏み外し、腹部を強くぶつけてしまった。
 急いで救急車を呼んだが、もう手遅れだった。医師は伏し目がちに首を振り、残酷な真実を僕らに伝える。おなかの子どもは、一度も日の目を見ぬまま、天へと還っていってしまったということを。

 その日以来、妻は食事を3人分作っている。僕ら夫婦の食卓には、必ず、僕ら夫婦の分と、もう一人分の食事が並ぶのだ。

 陰膳━━旅行や戦争などに出掛けた者の無事を祈願するため、その分の食事を用意しておく。恐らく妻はこれをやっているつもりなんだろう。だが、僕らの子どもはもう無事ではないことが分かってしまっている。いくら食事を作ったって無駄なのだ。僕はそれを遠回しに分からせようと思って、自分が食事の当番のときは2人分しか作らなかったことがある。だが、卓に2人分の食事しかないことが分かった妻は、スッと台所に立ち、手早くもう1人分を作ってくるのだ。
 僕はそれをやめろといい出せなかった。大きなショックであったこともそうだが、何より、あの日以来、一切笑わなくなった妻が、もう一人分の食事を卓に置くときだけ、うっすらと笑みを浮かべているのだ。やめろというのが申しわけなくなってくる。
 仕方がない。好きなようにやらせよう。そんなふうに思ってから、かなりの月日が流れた。僕らの髪には白いものが混じり出し、少なくとも僕は、あの悲劇を思い出すこともそれほど多くなくなった。
 だが、いまだに妻は食事を3人分作り続けている。来る日も来る日も食卓には三の倍数分の茶わんや皿が並ぶのだ。

 これは陰膳ではなく、あの時よそ見をしていた僕への意趣返しなのでは。ふっとそんな後ろ暗い考えが僕の頭をよぎる。だが、あのときのよそ見は不可抗力だった。決して他の女性などに見とれていたわけじゃない。だが、そんなことをいまさらのように言い募っても、もう遅い。
 心中に疑念が渦巻く中、今日も食事の時間が訪れる。僕らのものではない食事を傍らに置く妻は、相変わらずうっすらと笑みを浮かべているが、何も言うことはない。

 重苦しい空気の中で、今日も食事を口に運ぶ。横目に誰も手を付けない食事をながめながら。


作品名:火曜日の幻想譚 Ⅲ 作家名:六色塔