火曜日の幻想譚 Ⅲ
275.洗剤はここにはない
洗剤はここにはない。髪も体も手も食器も服も、お湯もしくは水だけで洗い流している。
不潔だって? そう思うなら思えばいい。私はそうは思わない、ただそれだけだ。
なぜ、そう思わないのかだと? そんなこと、簡単じゃないか。汚れを落とすために新たな物体を付着させねばならない理由が分からない。私たちが上記のものに対して願っているのは、汚れを落としたい。その一点だろう。その汚れを落とす役割は水が十分にやってくれる。わざわざ別の、ましてやあんなヌルヌルした極めて危険なものに、その役割を任せる必要はないだろう。
でも、天然由来の優しい洗剤もある? それがどうしたというのだ。天然由来なら全てが優しいとでもいうのか。天然由来の毒物だってこの世には存在する。疑うのならば、トリカブトの根でもかじってみればいい。
でも、汚れを落としやくすくなる? それがどうしたというんだ。むしろそのほうが危険だろう。何か、われわれ人類にとって大切なものまでこそぎ落としている可能性だってある。今現在、起こっている疾病は、果たしてそいつらの可能性ではないと言えるのか?
ふに落ちない顔をしているな。進化したつもりになっている人類というものはそういうものだ。しかし、私はその洗剤とやらを使う気は毛頭ないな。あんたも優れた技術は一度疑ってかかってみたほうがいいかもしれないと忠告しておこう。では、さらばだ。
最後に一つ? なんだ、まだあるのか。だが、なんと言われようが洗剤を使う気はないぞ。え? 洗剤はもういい、けど、トイレを貸してくれ? ああ、いいぞ。
さあ、用を足したら、さっさと出てってくれ。え? 優れた技術は一度疑ってかかるのに、温水洗浄便座は付いてるんですねって。ああ、いや、あれは、なあ、「ぢ」だと、本当にありがたいんだよ。ほら、おまえ、ニヤニヤしてないで、さっさと帰れよ。