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火曜日の幻想譚 Ⅲ

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277.穴



『ご自由に、お埋めください』

 そこには、そのように書かれた看板と一個のスコップ、そして、人が入る程度の穴と盛られた土が存在していた。

 私は、思わずどういうことなのかと考える。恐らく、スコップを手に取り、盛られた土でもってその穴を埋めても構わない、ということなのだろう。

 だが、わざわざ埋める人はいるのだろうか。ここは誰もが忙しく往来を行き来するこのビジネス街。そんなやつはいないだろうと思いながら、その忙しい一人である私はそこを通り過ぎた。

 仕事の帰り、再びそこを通りがかると、穴はきれいに埋まっていた。そこにはスコップと平らになった地面、そして意味をなさなくなった看板がたたずんでいるだけだった。


 次の日。
 再びそこを通りがかると、今度は、『ご自由に、お掘りください』という看板が立っている。それ以外は、昨日の帰りに見た景色と同じ、スコップと平らな地面があるだけだ。

 そういえば、そんな拷問があったなあ、なんてことを思い出す。穴を掘る、その穴を埋めるという目的のないことを延々繰り返すと、人はおかしくなってしまうということをなんかの本で読んだのだ。
 だが、これは拷問ではない。看板には『ご自由に』と書いてある。好き好んでやるやつはそうそういないだろう。昨日はたまたま変わり者がいただけだ。
 そんなふうに思いながら仕事をして、帰りに通りがかってみると、なんとそこにはしっかりと穴が掘られていた。

 なぜだろう。目的もないのに、そんなことをするやつがなぜいるのだろうか。

 翌日。
そこには、『ご自由に、お埋めください』の看板とスコップ、そして穴と盛り土。おとといと全く同じ状況が展開されていた。
 私はそれを見ながらしばし考え込んでから、スマホを取り出して会社に遅刻の連絡を入れることにした。

 人間が、目的のない作業を続けるとおかしくなるというのは、多分紛れもない真実だと思う。だが、私はここに二つの意見を付け足したいと思う。
 一つ、人間は時に意味のない作業に、何らかの意味を見いだすことがあるということ。誰かが穴を埋め、そして掘ったということは、そこになんらかの意味があるのではないか、そう私は、いや人間は考えることができるのだ。
 そしてもう一つ。会社を遅刻してまで穴を埋めてみたが、結局そこには何もなかった。だが、私の心持ちは意外にもスッキリしていた。効率だけを重視せず、意味のないことをするのも、たまにならいいことなのかもしれないということだ。

 会社の帰り、周囲の人が不審に思いながら見つめる大地の前を通る。自分が埋めた穴だ。明日、疑問に思ったこの中の誰かが、再びここにスコップを入れるだろう。彼らはそうして、その作業に意味がないことと、意味がないことの重要さを理解するのだ。


作品名:火曜日の幻想譚 Ⅲ 作家名:六色塔