火曜日の幻想譚 Ⅲ
278.おにばばあの愛
包丁が切れなくなった。
長く使っていたから、仕方がないだろう。そう思って、と石を取り出して研ぐことにする。早速シャコシャコやっていると、学校から帰ってきた息子が開口一番、
「あ、おにばばあだ」
ときつい一言。
あまりにもひどいと思ったが、子どもの言うことだし、怒るに怒れない。引きつった笑いを浮かべてどうにかやり過ごすと、今度は仕事を終えた旦那が帰ってきて一言。
「あ、おにばばあだ」
さすがに血を分けているだけあって、一言一句違わない。ちょっと感心しながらも、はらわたは煮えくり返って仕方がない。旦那に包丁を投げつけなかった自分を褒めてあげたいと思いながら、研ぎ終わった包丁で二人のために夕食を作る。
「ママ、おかわり!」
「うん、包丁の切れ味がいいせいか、いつも以上においしいね」
夕食の評判はすこぶるいい。その理由は、決して私が殺気立っているからではないだろうと思いたい。
そんな二人とテーブルをともにし、少しずつ機嫌を直しながら、もう刃物を研ぐのは研ぎ屋さんに任せよう、そんなふうに思った。