火曜日の幻想譚 Ⅲ
282.ビニール傘
別れた彼女は、ひどい雨女だった。
いつも雨、会う度に雨、とにかく雨。それこそ最初は物珍しかったけど、次第にうっとうしくなってくる。結局、彼女に会うことすら面倒になってしまい、つい先ほど、別れを告げられてしまった。
別れてしまうと、かけがえのない存在だと気付くもので、家に帰ってから急に寂しくなり、涙があふれ出してしまう。そのまま号泣していたら、泣き疲れたのかいつの間にか眠ってしまっていた。
翌朝、目が冷めても彼女のことを忘れられない。だが、ずっと感傷的になっているわけにも行かない。女性は星の数ほどいる。心機一転、やり直せばいいじゃないか。そう思って立ち上がると、玄関に置いてあった、たくさんのビニール傘が目に入った。
「随分と、買っちゃったな」
雨女の彼女とデートに行く際、いつも雨が降っていたわけではなかった。デートの最中に降り出したり、帰り際に降り出したり、その度に購入していたビニール傘が、玄関の傘立てに山のように入っていたのだ。
「思い切って、これ、捨てちゃおう」
そう考えて、傘の束を抱きかかえる。言うなれば、これは別れたあの彼女の「象徴」だ。これを処分すれば、気持ちも切り替わるはず。そういう思いだった。
傘束を持って、玄関を出るとものすごい強風だった。昨日は雨こそ降っていたが、こんなに風は吹いていなかったのに。
ゴミ捨て場へ行くと、傘を捨てられる日は今日ではないことが分かった。しかも2週間近く待ってしまう。今すぐ気分を切り替えたいし、そんなに待っていられない。そう感じた僕は、どうにかしようと頭をひねる。そうだ、せっかくのこの強風だ、風に任せて傘を飛ばしてしまおう。僕は傘の束を大地に置くと、その中の一本を開いて、強風に乗せるようにすっと離した。
「バサッ、バサバサバサ」
透明なビニール傘は、風に乗って宙に舞い上がり、不規則な動きで壁にぶつかりつつも視界から遠ざかっていく。すかさず次の傘を開き、再び手から離す。宙に舞った2本目は強風でひっくり返り、奇妙な形で、やはり視界から消えていった。
「……ほら、どんどん飛んでいけ」
僕の手から次々と飛び立つ傘。そして、最後に飛ばした一本も視界から消えていく。それと同時に、僕の気分もいくらか晴れ渡っていた。
「さあ、新しい恋に向かって、頑張ろう」
風が弱くなり、日が差した空を見上げながら、僕は一人、つぶやいた。