火曜日の幻想譚 Ⅲ
283.手折る
かくれんぼをするときは、決まってあそこの花畑、そこに隠れることにしていた。
その花畑はとてつもなく広く、いつだって花━━それが何の花だったか、今となっては分からない、が満開で、狂ったようにいい匂いをさせていた。僕は鬼をやるとき以外、いつだってその花畑のどこかに身を置いていたんだ。
なぜ? それじゃあ、かくれんぼの面白味がないだろう。そう思う人もいるだろう。だがそれでよかったのだ。僕はかくれんぼ以上に、そこでのとある遊びに夢中になっていたのだから。
鬼が目をふさいでいる間、花畑のどこかに身を潜める。当然僕の周りには、美しい芳香の花が美しい花弁を広げて僕を隠してくれていた。僕は目の前にあるその花に、そっと両の手を触れる。恥ずかしそうに首を垂れるそれを愛するようになで回した直後、おもむろに茎からぺきっと手折るのである。
手折られた花は無残にもあらぬ方向を向き、破滅してしまう。ひどいときには茎が折り取れ、大地にたたきつけられる。でも、そんなことは分かっていた、むしろそれが面白かったのだ。僕は次々と周囲の花に対して、その手折りを行っていった。それこそ、かくれんぼの鬼が僕を見つけに来るまで。いや、見つけた後も再びその花畑にしつこく隠れて、花たちを無残に散らしていったのだ。それがたとえ、ひどいことだと分かっていても。
今となっては、何でそんなことに夢中になっていたのか分からない。ただ、その後大人になって、手折るという言葉に別の意味があることを理解した。その上で精神分析だのといった心理学辺りから文献をひもとけば、何らかの解釈は付けられるだろう。そんなこと、別にやりたいとも思わないけれど。
僕が伝えたかったのは、誰かに隠れてやるいけないことというのは、長幼に関係なく、抗いがたく妖しい魅力を秘めているということ、ただ、それだけだ。