火曜日の幻想譚 Ⅲ
284.流しそうめん
人生があまりにもつらい。嫌なことが多すぎる。やってられない。だから、つらい時は流しそうめんをすることにした。
会社での朝礼。成績の悪い僕はいつものように叱られる。つらいので、ガコンガコンと竹材を組み、上からそうめんを流し入れる。くるくると回るそうめんを箸でつまみ上げ、わさびを思いきり効かせたつゆに浸して一気にすする。ツーンと鼻に抜けていくわさびの爽快感。舌とのどを通り抜けていく食感。そして得も言われぬ幸福感。思わずもう一度箸が伸びてしまう。
上司は苦い顔をしているが、そんなことは知るもんか。成績が悪くて怒られるのは仕方がないが、朝礼中、流しそうめんをするなとは就業規則に書いてない。
つらい時間は仕事中にも発生する。飛び込み営業中に悪口を言われ、にべもなく断られたときだ。僕はすかさずその家の前で竹材を組み立て、やっぱりそうめんを投入する。くるくる回っているそうめんをすくい上げ、今度はごまだれに浸してすすり上げる。たれがとろりとそうめんに絡みつき、香ばしい風味が口内に充満する。こちらもこちらでたまらない。しばらくすすっていると、学校から帰ってきたと思われる子たちがじっと見ている。ごまだれを入れたおわんを渡してやると、彼らも喜んですすりだした。
結局、その場で大流しそうめんパーティになり、その近辺のかたがたと心安くなったおかげで、契約まではしてくれなかったが、話だけは聞いてもらえた。
無論、それで構わない。朝礼で怒られればまた流しそうめんをすすればいいのだから。ただ、太る。それだけが大きな欠点なんだよなぁ。