火曜日の幻想譚 Ⅲ
285.塩マヨ丼
塩マヨ丼、という僕のオリジナルメニューがある。
ご飯を盛った丼に、適量、塩を振りかけ、その上からマヨネーズをこれも適量かけるという、料理ともいえないような簡単な料理。卵焼きや鶏肉が入った豪華版もあるが、ベースは左記の通り、ご飯と調味料だけで作られるものだ。
大半の人は予想がつくだろうが、この塩マヨ丼が活躍するのはあまりお金のないときだ。給料日まであと○日、財布の中身にはお札がない。そんなピンチのときに大活躍する丼、というわけだ。
さて、今、僕がこんな話をしているのは理由がある。というのも、最近起きたとあるできごとに、この塩マヨ丼が関わっているからなんだ。
その昔、ご多分に漏れず、若いころの僕もお金のない生活を送っていた。ただ、お金がなくとも僕は幸せだった。追いかける夢があったから、それだけじゃない。将来を約束しあった女性がいたからなんだ。その女性は、僕の二つ上でとても面倒見の良い人だった。極貧生活にも文句一つ言わず、僕が夢を熱く語っても笑顔で聞いてくれた。そんな素晴らしい女性だったんだ。
だが、そんな彼女にも我慢のできないことがあった。彼女は上記のようにどんなことも耐え忍んでくれたが、一つだけ、この塩マヨ丼だけが許せなかったんだ。
「その食べ方、しないでって言ったよねっ!」
僕が食べているのを見つけると、彼女はいつも烈火のごとく怒った。多分、彼女が怒ったのは、この丼を食べているときだけだったかもしれない。それぐらい穏やかな彼女が、これだけは絶対に許してくれなかった。
結局、僕らの関係はそこからひびが生まれ、次第にそれは大きくなっていった。そしてある日、彼女とその荷物は、すっかり部屋から消えうせていたんだ。
先日、彼女は某有名人と結婚したと耳にした。そりゃ、見目も麗しかったし、ちゃんと尽くしてくれる女性だ。相応のところへ収まるべくして収まったというところだろう。
僕はこの報に接し、久々に塩マヨ丼をこしらえた。相変わらずの貧乏生活だが、さすがにもう、これのお世話にはなっていない。だけど、僕は幸せにやっています。あなたも、幸せになってください。
丼についた飯粒を箸で取りながら、もう届くことのない彼女にエールを送った。