火曜日の幻想譚 Ⅲ
286.娘の思い
男手一つで育てた娘が、怖い。
ナースを志望している娘は、近々、試験があるので非常にピリピリしている。それ故、最近は部屋にこもって勉強していることが多く、父の私はなるべくそっとしておくことが多かった。しかし先ほど、娘は急に部屋を飛び出してきて、いきなり私の腕をつかんだ。そして、血圧計を持ち出し、血圧を測りだしたのである。
ナースが所有するものに特有の、シュポシュポと空気を入れるやつを一心不乱に握る娘は、一言も口を利かない。試験勉強漬けでとうとうおかしくなってしまったんじゃないかと思った瞬間、突然大声で叫んだ。
「ほらぁ、お父さん、最近、しょっぱいものを食べすぎ。血圧、高くなってるよ」
最近の食卓を振り返ると、とても塩気が多かったので、私の血圧が心配でたまらなかったらしい。それで勉強もそっちのけで、私の血圧を測り始めたというわけだ。
「勉強のじゃまにならないようにさ、つい簡単に作れるものにしちゃうんだよ」
そんな言い訳をするが、聞く耳を持ってくれない。
「お父さん、倒れちゃったら試験どころじゃなくなっちゃうんだからね。しばらくご飯は薄味!」
娘に言われては仕方がない。願を掛ける気になってしょっぱいものや酒を控えることにした。
数カ月後。願掛けが効いたのか、娘は試験に合格した。だが名実ともにナースになった途端、今まで以上に健康にうるさくなってしまった。
「こりゃ、しばらく薄味生活が続きそうだな」
そう思った私は仏壇を拝みながら、娘が夢をかなえた報告がてら、そちらでうんと味の濃い食事を用意しておくよう、亡き妻に頼んでおいた。