火曜日の幻想譚 Ⅲ
289.ソファのすき間
ソファの背もたれと座るところのあのすき間、あれが気になって仕方がない。
人の家に訪問したときや、社長室などに呼ばれたとき、ソファに座ることは多い。いずれもかしこまるべき場所なので、手を前にそろえて浅く腰掛けるのだが、正直な話、座って数秒で手を後ろにやりたくなっている自分がいる。
あのソファのすき間の、天にも昇るような心地よさはなんだろう。指を全方向からふわりと寄せてくる弾力。狭い隙間を探求する好奇心。行儀が悪いと分かっていても行ってしまう禁忌の感情。それらがうまい具合に混ざって、どうしても指を入れるのをやめられない。
思えば、家でもそうだった。今の住まいにはソファはないが、実家には大きなソファがあったのだ。そのソファに座るときも、両手は後ろが定位置だった気がする。指は常にすき間をまさぐっていた、そう言っても過言ではなかった。
時折、すき間から何かが出てくることもあった。大半はお菓子の包み紙などのごみだが、思わぬ失せ物が見つかったりもする。キャラクターものの消しゴムなんかは、よくあそこに潜り込んでいたものだ。
だが近頃、恐ろしい知識を耳にした。近年、背もたれやフットレストが動く電動ソファが人気らしいが、それらは指を入れた状態で動かすと、切断の危険性があるというのだ。
それは非常にまずい、私のすき間生活の危機だ。なら指を入れなければいい? そんなの無理に決まってる。ソファに座ったら、どういう状況だろうが一度は指を入れる、それが私なのだ。
この問題、どうにかならないだろうか。何も指を入れたがるのは私だけとは限らない。私のようなすき間愛好者も決して少なくないはず。それに、小さい子だって興味本位で突っ込むだろう。
世界の家具製作者のかたがた。どうかうまいこと、電動でも指を切断する心配のないソファを開発してください。ソファの快適さなど犠牲にしてもいいです。何なら座れなくても構わない。
私は指さえ突っ込めれば、それでいいのです。