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火曜日の幻想譚 Ⅲ

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295.迷惑電話



 昔、携帯なんてなかった頃の話なんだけど。

 一人暮らしを始めたころ、迷惑電話がかかってきていた。といっても、私は会社勤めなので、その電話は、夜、家に帰ってから留守電で聞いたのだけれども。

『おはようございます。今日は、7時32分に起きたんですね。いつも早起きですね』
『今日もいきいきと、カーテンを開けて陽光を浴びる姿が眩しかったです』
『今朝の朝食は、クロワッサンに紅茶でしたね、おいしかったですか』
『着替えのときも見ています』
『8時22分、今日も会社に出勤ですね。頑張ってきてください』

 このように、朝の様子を事細かに述べている男性の声の電話が、留守電に入っていたのだ。典型的なストーカーの手口で、最初は背中に冷水を浴びせられたようにゾッとしたが、よくよく留守電の内容を聞いていると、おかしなことに気がついた。

 上記の5つの留守電は、とある日の着信だが、私がその日、起きたのは7時20分だ、最初の着信と12分もずれている。さらに言えば、私は6時台に起きることも多いし、世間的にもこの時間は、早起きとは言い難い。次の着信ではカーテンを開けることについて触れているが、元来寝起きの悪い私は、こんないきいきとカーテンなんて開けず、窓まではっていってようやく開けるような人間だ、いきいきとは程遠いと断言できる。朝食にしたって、クロワッサンに紅茶なんてしゃれたものは食べていない。おにぎりをお茶で無理やり流し込んだだけだ。次の着替えだが、ここが一番おかしいと私は思った。このストーカーが着替えを見ているのならば、下着や体についての言及があって然るべきではないだろうか。ここだけやけに文言が少ないのは、何かおかしな気がする。そして最後の着信も、私は8時40分に家を出ているし、家のデジタル時計で、しっかりと08:22という数字を見たのを覚えているのだ。
 全てが奇妙にずれている。もしかしてこの電話の主は、別の人をストーキングしていて、私の家に間違い電話をかけているのではないだろうか。

 その瞬間、いきなり電話がけたたましく鳴り響く。私は考えて、受話器を取らず留守電に任せることにした。

『今日は残業で遅かったんですね、お疲れs……』

 私は今日定時に上がった。やっぱり違う。確信を得た私は、おもむろに受話器をつかみ取り、かけてきた男にまくし立てた。

「あんた、二つの意味で間違ってるよ。まず電話番号をちゃんと確認しな」
『へ? え? あ、えぇー?』
言葉に詰まる電話の相手に、私はなおもがなり立てる。
「電話番号が違うことを確認したらね、こんな下らないことをしてないで、その子とちゃんと向き合いなよ」
『はい? え、あ、あの……』
「こんなこと、楽しくないだろう? 今なら、なかったことにしてやるから、今からでもちゃんとその子に気持ちを伝えるんだよ!」

 この言葉の後、通話は切れた。多分、この男は意中の相手の着替えを、見ることができたのだけど、見ていないのだ。だから、着替えについてだけ具体的な言葉がなかった。そんな良心がある男なら、女性とちゃんと接することができると私は固く信じたのだ。

 それからしばらくたったある日、会社から帰ってくると留守電が入っていた。

『付き合うことになりました。ありがとうございました』


作品名:火曜日の幻想譚 Ⅲ 作家名:六色塔