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火曜日の幻想譚 Ⅲ

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298.消えゆく僕ら



 先日、夜に大きな地震があっただろう。あの日のことだ。

 地震があった数分後、配信アプリで僕が今、ハマっているライバーの配信が始まった。揺れには驚いたものの特に被害のなかった僕は、気を取り直してそのライバーの配信に入室する。

「あ、○○さーん、こんばんはー、さっき、怖かったねー。大丈夫だった?」

 人気のある方だけあって、既にたくさんの人が来場していて、コメントやアイテムが大量に飛び交っている。そんな中、彼女はコメントを一つ一つちゃんと読み、飛んでくるアイテムに丁寧にお礼をし、常連たちの安否を気遣っていた。
 配信は軽快に進んでいった。話題の中心はやはり先ほどの地震のことだ。やってきたリスナーたちも、みんなでお互いの無事を確認しあい、揺れた瞬間どこにいたかを語り、本が棚から落ちたなどの被害を話す。それらのコメントを彼女はきちんと受け止め、自分のファンが無事だったことを心の底から喜んでいるように見えた。
 2時間ほどたち、お別れの時間がやってくる。彼女は「じゃあね」という言葉とともにスマホのボタンを押し、画面には無情な「配信は終了しました」のメッセージが浮かび上がった。

 ずっと配信を見ていた僕は、その途中から、あることに気付いていた。普段なら、配信が始まると真っ先に駆けつけてくるある常連さんの姿が今日は見えなかった、ということに。あのガチ勢の人が珍しく来ていない、どうしたんだろうか……。
 誰も、彼がいないという事実には触れずに今日の配信は終わった。もしかしたら僕以外にも気付いた人がいたかもしれないが、少なくとも話題には挙がらなかった。

 誰も、なんにも悪いことはしていない。ただ、大きな地震があった直後にある人が来なかった、それだけの話だ。地震など関係ない可能性だってある。たまたま彼女に冷めたタイミングが地震の後だった、真実は意外とそんなことかもしれない。そういうふうに考えもするが、真相は依然、闇の中。
 僕は、このことを殊更に言い立てたいのではない。その人がいなくても別に配信は成り立つし、いない人のことばかり話してたらせっかく来てくれた人は不満だろう。直前に地震があったからって、彼女が常連一人一人、無事かどうか点呼を取る義理などこれっぽっちもないのだ。


 地震から数日がたち、その後も彼女は何回か配信をしたが、ガチ勢だった彼は、あの日以降一度もやってこない。それこそ彼の名前を配信で出してみようかと一瞬、頭によぎった。しかし、それもどうも違う気がする。配信なんて、来る者は拒まず、去る者は追わずだ。一人のユーザーに一々かかずらっていたら、彼女だってやっていられないだろう。

 今夜も、何事もなかったかのように配信が始まる。僕が今後、彼女の配信を見に行かなくなったとしても、誰も気には止めないだろう、それこそ彼がいなくなったのと同じように。
 地震の直後、無事を確認しあった彼らと、誰かが来なくなっても気にしない彼らは、本当に同一人物なんだろうか。画面の向こうで、冷徹な人と暖かい人が日替わりで配信したり、それにやってきたりしてるんじゃないだろうか。そんな奇妙な妄想にとらわれる。

 いや、そんなことはない、みんな、暖かい人たちに決まってる。僕は首を強く横に振り、今日も配信画面に入室した。


作品名:火曜日の幻想譚 Ⅲ 作家名:六色塔