火曜日の幻想譚 Ⅲ
300.あの世へのささ舟
私の村では、男女の毛髪や爪、身につけていたものなどをささ舟に乗せて川に流すと、その二人は結ばれるという話が信じられていたの。
いつ頃から信じられていたかは定かではないし、もちろん効果のほどは証明されていない。だけど、年頃の娘なんかは真に受けて、意中の人の髪の毛などを手に入れるための涙ぐましい努力を重ねたり、こっそり人目を忍んでささ舟を作ったりした者もいたようよ。
でも、若い頃の私はこの話に全く興味を示さなかった。なぜかって? その理由は簡単、既に意中の人と相思相愛の関係になっていたから。
隣村に住む同い年の男子、爽太郎との出会いは小学校に入ったときだった。色の白い、およそ農家のせがれとは思えない痩せっぽっちなその男の子を、私は入学式━━学校の初日から既に見初めていたのよ。
私はその日から爽太郎に猛烈なアプローチを開始したわ。家の場所も分からないのに一緒に帰ると言い出し、出会って初日で家をつきとめる。翌日は早速机を隣同士にして、一緒にお勉強やお弁当。女子はもちろん、男子や先生すらも爽太郎には近寄らせない構えだった。
当の爽太郎は、最初、そんなふうにグイグイくる私に戸惑っていたようだったわ。私が何を言ってもおびえるし、手をつなぐ度にビクッとするの。でも、時がたつにつれて私の好意を理解し始めたのか、次第にそのような硬さは取れていき、私にも笑顔を浮かべるようになっていった。
私たちは、どこに行くにしても一緒だった。学校はもちろん、遊ぶときも出掛けるときも一緒。お互いの親も私たちを理解してくれていたから、将来はもう約束されていたようなものだったわ。
でも、そうはいかなかったの。私たちが13になった年、地元の中学校に上がってすぐの春に、爽太郎は体育の授業中、突然、大量に血をはいちゃってね。その日以来、病の床につき、秋風が吹き始める頃には息を引き取ってしまったわ。
私自身、彼が死んだらよほど取り乱すだろうな、なんて考えたことはあったけど、実際にそうなってみると意外に冷静だった。彼の吹いたら飛んでいきそうなはかなさやもろさが、いつかこうなる瞬間を私に予見させていたのかなと、今になってみると思う。
葬儀が終わり、爽太郎はだびに付された。親族が彼をつぼに納める中、私はこっそり、彼の小さい骨を一つだけ、たもとに隠し入れたの。
中学を出た私はそれなりに恋愛のようなものも経験し、何人かの男性が私を愛してくれた。その中には、爽太郎のような中性的で線の細い美少年もいたけれど、肉体的にはともかく、心の底から満足させてくれた人は一人もいなかったわ。そりゃそうよね、思春期の頃、爽太郎と結ばれる瞬間をどれだけ想像したか分からないのに、その夢が果たせなかったんだから。永遠に訪れないであろうその瞬間を、爽太郎のいないつまらない現実がこえられないのは至極当然の話。
結局、私には爽太郎しかいないんだ、年を取り、ようやく悟ったばかな私は古臭い迷信にすがることにした。すなわち、かすめ取った彼の骨と私の爪をささ舟に乗せて川に流すことにしたの。50をこえたおばさんがこんなことをするなんて、驚いた? うふふ。男はいつまでも少年のままだなんて言うけれど、こんな人生を生きてきたら、女だっていつまでも少女のままでいたくなるわよ。
だからね、爽太郎。もうちょっとしたらあの世でしっぽりと愛し合いましょう。その時を楽しみに待ってるわよ。