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火曜日の幻想譚 Ⅲ

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301.はさみ



 少し前の話なんだけどね。

 仕事があまりにもつらいので、目先を変えられないかと思って、送られてきた製品のバリをはさみで取って、形を整えるっていう内職を、家ですることにしたんだ。まあ、それほど大したお金にはならないけど、ちょっとした副業として、おこづかいが稼げればいいかなと。ただ、一応はお金が絡むことだし、納期直前にはさみが壊れちゃったりしても困るし、早々に投げ出すことのないようにって思いも込めて、通販で結構、値が張るはさみをあらためて買うことにしたんだ。数千円ぐらいの、柄が水色の鋭いはさみだった。そのはさみを用意して、製品が届くのを待っていたんだよ。

 で、製品が届いて、早速はさみでチョキチョキと形を整え始める。すこぶる調子はいい。高いはさみだけあって持ちやすくて、長時間作業しても疲れない。本業のストレス解消になるし、こりゃあいいとばかりに、休日、夢中で作業をしていたんだ。そして、ハッと外を見るともう夕方。丸一日作業をしていたということになる。こりゃあ、もしかしたら天職かもしれないなと思いつつ、その日はそこで切り上げることにしたんだ。

 それから数日。僕は相変わらず時を忘れるぐらいその仕事をしていたんだが、奇妙なことに気がついた。仕事を始める段になると、必ずはさみを探す必要に迫られるのだ。見つかってからは特に問題なく、持ちやすくていい切れ味なのだが、昨晩、最後に置いた場所とは違う所で見つかる。不気味だなあと思ったが、僕は元来酒飲みで毎晩飲むから、酔っ払った際、あまりのはさみの切れ味の良さに、はさみを持ち出して、チョキチョキしてニヤニヤしているんじゃないかと思って気にも止めなかったんだ。今になって思うと、それはそれでちょっとまずい気もするけどね。

 だけど、はさみは日を追うごとに家中のいろんな場所で見つかった。ソファの間に挟まっていたり、台所の包丁を収納する場所に一緒に入っていたり、トイレの便座の上にあることもあった。酔っ払ったときの行動とは言え、こんなところに置いとくかなあと思い始めた頃、恐ろしいことが起こったんだ。

 その日も相変わらず、したたかに酔って、電気をつけたまま布団に横になっていたんだが、この電気がまぶしくて仕方がない。なら立ち上がって消せばいいじゃないかって話になるが、酔っ払っているとぐうたらになるんだ、そんなことすらも面倒くさいんだよ。なので、光を遮ろうと右腕をまぶたの上に乗せたんだ。その瞬間、「チャキン」という音がして右手に激痛が走り、そばに何かが転がり落ちたのさ。
 腕を見てみると、傷口がぱっくりと開いて、既に血まみれだ。そして、そばに転がり落ちたものは、件のはさみだったんだ。

 腕のけが自体はそれほどでもなかったけど、腕で目を覆っていなかったら視力を失うところだったかもしれない。このこと以来、あのはさみを家に置いておくのが怖くなってしまった。なので、オカルトが好きな知人に譲り、内職もやめてしまったんだ。譲った知人の家では、こんなことは特に起きていないらしくて、とても残念がっているよ。

 だけど、あれから思ったんだ。多分僕は、あのはさみを働かせ過ぎちゃったんじゃないかなってね。きっと酷使され続けて、ある種の抑うつ状態というか、精神的に参ってしまった。だから、僕から逃げようと思って、いろいろな場所に隠れたんじゃないだろうか。でも、どうにもならないことを悟ってしまった。その募ったイライラが爆発し、最終的にあんな行動に出てしまった。すなわち僕にも非があったような気がするんだよ。

だから、もしかしたらあのはさみをまた酷使すれば、その知人の望む現象が起きるかもしれない。でも、それを彼に言うのだけはやめてほしいな。短期間とはいえ一緒に仕事をした仲だし、仕事のつらさはよく分かっているつもりだしね。


作品名:火曜日の幻想譚 Ⅲ 作家名:六色塔