火曜日の幻想譚 Ⅲ
303.心の整理
むしゃくしゃしたのでクスリをがぶ飲みし、ぼんやりした意識で外へ出て、当て所もなくぶらつく。
……やがて気が付くと奇妙な場所にいた。地平線だらけの荒野に、一軒の小さな小屋。他に行くあてもないので入ってみると、一人の男が荷物をせっせと整理していた。
「ここは、どこですか?」
「ここは、心の整理所です」
男は、優しく答えてくれる。
「誰の心の整理所ですか」
「ありとあらゆる、みんなの心です」
男はパズルゲームのように棚の荷物を入れ替えて、全てがきっちり収まるような配置を考えているようだ。
「……やっぱり、誰かを優先させると、誰かが折れなきゃならない、そんなものですか」
「ええ。しかも最近は誰も折れたがりません。まあ当たり前のことなんですけどね」
男はせっせと荷物を入れ替えていくが、なかなか全てがピッタリと収まらない。
「うーん」
男は一つの荷物を手元において腕を組み、長考に入る。
「あ、お茶でもいれましょうか」
私は近くに置いてある急須を手に取ろうとした。
「いや、お客さんにそんなこと、させられませんよ」
男はそう言うと、素早く急須に茶葉を入れて、やかんのお湯を注ぐ。
「おいしいお茶、おいれしますからね」
急須をゆっくりと回し、茶葉の風味を行き渡らせてから、茶わんに注ぎ入れる。
「さあ、どうぞ」
すす、と出されたお茶をすする。結構なお手前だ。
「…………」
私がお茶を喫しているその間も、男は棚に向き合い、立ちふさがる難問に相対している。よほど難しいのか、男は身じろぎすらしない。
……どれだけ時間がたっただろう。私はそろそろ暇を告げたくなってきていた。彼には申し訳ないが退屈だったし、私も現世で諸問題を抱えている身だ。
「あのう、そろそろ失礼します」
私の声を聞いた男は、こちらに向き直り、ていねいにお辞儀をしてから言う。
「すみません、何のお構いもできずに」
「いえ、いいのです。それより、あまり無理しないでくださいね」
気付いたら、家に着いていた。見渡す限り地平線のあの場所を、どうやって抜けたのか全く覚えていない。でも、薬を飲む前のむしゃくしゃはすっかり解消されていた。そういえば、男はあの場所を『心の整理所』と言っていたことを思い出す。
「これは、彼のおかげかなぁ」
長考に入った際に手元に置いたあの荷物、あれはもしかしたら自分の心だったのかもしれない。
「でも……」
彼へ感謝の念がわくと同時に、ある疑問も吹き出してくる。
私の心を整理するために、すり減らした彼の心の整理は、一体、誰がしているのだろうか?