火曜日の幻想譚 Ⅲ
304.寝てない自慢
後輩の寝てない自慢がうざすぎる。
「先輩、先輩。俺、今日2時間しか寝てないんすよ」
「……ふーん」
生返事で興味のないことをそれとなく伝えるが、こいつは引き下がるということを知らない。勝手に眠っていないアピールを始め、今、眠気がやばいことを熱く語り、寝不足がどれだけ体に悪いことかを絡めつつ、自身の眠れないキャラのブランディングに余念がない。
「先輩は今日、何時間寝たんすか」
「……分かんないよ。多分12時間以上は寝てると思う」
「かーっ、うらやましいっす。俺もそんぐらい眠れるようになりたいっす」
全くそんな事を思っていないのが、手に取るように分かる物言い。多少とはいえ早く生まれた俺に敬意も何もありゃしない。生まれた順番が全てだとは俺だって思っちゃいないが、こいつの言動は少々行きすぎな気がして仕方がない。
「さあて、そろそろお風呂の時間かな。でも寝不足だからなぁ。寝ちゃったらまずいなあ」
「…………」
いい加減うっとうしいので、無視を決め込んでいたら、ママがやってきた。俺は抱かれながら、新生児室の授乳フロアに移る。待望のおっぱいの時間だ。
寝るのが仕事の俺ら新生児が、ただでさえ嫌われる寝てない自慢をしてどうするんだ。だが、若いうちからそれぐらいやっていかなければ、この厳しい現代社会を生き抜けないのかとも思ってしまう。
もしかしたら、あいつ、大物になるかもな。そんなことを考えつつ、でも、ああはなりたくないよなという思いも浮かぶ。だが、そんな思いは、ママに抱かれている安心感とおっぱいのおいしさの前に、すぐ雲散霧消していくだけだ。
これを飲み終わったら、また眠ろう。眠っていれば、あいつの寝てない自慢も無視できるしな。そう思いながら、俺は背中を擦られてげっぷを出した。