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火曜日の幻想譚 Ⅲ

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306.改革の代償



 中学生の頃、こんなことがあった。

 その当時、僕は野球部に入部していた。今となってはなんでそんな不向きなところに入ったのか覚えちゃいないが、多分、周囲との同調の結果だったり、運動部のほうが教師の評価が高いみたいなことを吹き込まれていたからだろうと思う。

 その部にはちょっとした暗黙の了解があった。それは、必ず1年生が道具の出し入れをするというものだった。野球というのはとかく道具を使うスポーツだ。バット、グラブ、ベースといった直接的に使うものから、土を慣らすとんぼまで。放課後になったら先輩よりも早く来てそれらを出し、最後はきちんと片付けてから帰る。明確なルールではないが、そんな決まりがあったのだ。
 当然、1年生の僕らにもそのルールは適用され、毎日、体育倉庫から道具を取り出して準備をしていた。先輩たちは少し遅れてやって来て、皆で準備運動を始めた後、練習が始まるといったあんばいだ。

 そして1年がたち、僕らが2年生になったとき、それは起こった。
 部活の顧問の先生が変わることになったのだが、その際、顧問は上記の慣習を撤廃しようとした。すなわち、部員全員で道具の出し入れをしようと言い出したのだ。
 2年生の大半は、当然、これに反発する。今まで不利益をこうむって来たのに、今年からようやく利益を享受する側に立てるのに、これからはみんなで出し入れをしろというのだ。こんなのやっていられない。特に1年目からレギュラーをつかんでいた、戸田くんの怒りはすさまじかった。新しい顧問と折り合いが悪かったというのもあり、彼は、その習慣をやめるなら退部も辞さないとまで公言した。

 当の僕はというと、別にいいじゃんという考えだった。みんなで使うものはみんなで出す、そのほうがシンプルでいい。それに、こんな悪習はどこかで断ち切ったほうがいいに決まってる。それが僕らの代というのは少々不満だが、逆に言えば、僕らさえ犠牲になればこれからの世代は平等になるんだから。だが、戸田くんを筆頭に同学年のみんなが猛反対している中、さすがにこんなことは言い出せなかった。

 結局、新任の顧問に押し切られてこの習慣はなくなった。2年、3年は渋々それに従う。戸田くんは部活こそ辞めなかったが、顧問に目をつけられたのか、やる気が失せてしまったのか、3年生になってもレギュラーの座に返り咲くことはなかった。

 個人的には、これで良かったのだろうと思う。でも、こういうとき、もっとみんなを納得させられるような条件ってのは、提示できなかったのだろうかとついつい考え込んでしまう。積もりに積もった歴史の流れを変えるには、やはり犠牲は避けては通れないものなのだろうか。それとも、その犠牲がもしかしたら、大きな歴史のうねりを産み出す可能性があるとでもいうのだろうか。

 久しぶりに戸田くんから手紙が届き、産まれた一人息子を野球選手にしたいという力強いメッセージを読みながら、僕はそんなことを思い返していた。


作品名:火曜日の幻想譚 Ⅲ 作家名:六色塔