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火曜日の幻想譚 Ⅲ

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309.五分平



 私の住む近所に、五分平 (ごぶだいら)と呼ばれる地域があります。今も一面、田んぼばかりの土地で、昔ながらの田園風景が広がっている地です。

 今日は、この五分平という地域の由来についてお話しようと思います。

 かつてこの地は、複数の庄屋が取り仕切っていました。とても豊かで農作物がよく取れたこの地は誰もが治めたがるので、割譲するような形で何人かの庄屋が一部を所有をしていた地だったのです。
 そのような形で治められてきたこの地ですが、ある時、この素晴らしい土地を全部奪い取ってやろう、と考える庄屋が現れました。当時は戦国の世だったので、農民の長である庄屋にもなかなか野心的なものがいたのです。彼は他の庄屋に難癖をつけて合戦を起こし、やっつけて独り占めしてしまおうとくわだてたのです。

 彼は着々と戦の準備を進め、誰よりも優秀な兵をより多く集めます。そして一番手頃な者に言いがかりをつけ、戦を仕掛けることに成功しました。強い兵が多いその庄屋の勝ちは、火を見るよりも明らかです。しかし戦を売られた者も、黙って土地を明け渡すわけにはいきません。負けることを覚悟の上で、渋々、投げられた手袋を拾い上げたのです。

 決着はすぐにつくかと思われました。しかし当日、戦を仕掛けられた者の兵が予想外の善戦をし、どうにか引き分けに持ち込みました。こんなはずはないと憤った男は、その後も難癖をつけて戦を仕掛けます。しかし、予期せぬトラブルが続出したり、この地を治める大名から仲裁が入ったり、悪天候や地震による中断が入ったりといった理由で、戦の勝敗は決まらなかったのです。野心に燃えるその庄屋は長年に渡って戦に明け暮れますが、結局、権力をこれっぽっちも拡大できぬまま、年老いて亡くなったのです。

 この地に住む農民たちは、この争いを冷ややかにながめておりました。そして、彼らの戦が始まると、
「ああ、また始まった。でもここで戦をすると五分五分で終わるからな。今回も引き分けで終わるじゃろ」
とうわさし合ったことから、五分五分平と呼ばれるようになり、それが短くなって五分平と呼ばれるようになったそうです。

 今でもこの五分平の伝説は続いているようで、子どもがけんかをしたけど、圧倒的に不利だったはずの子が頑張って引き分けに持ち込んだとか、ここの公園にゲーム機を持ち寄って対決をすると、なかなか決着がつかない、なんて話が現在でもよく聞かれます。なので、争いごとに自信のないものや不利な状況にいるものは、よくこの五分平で勝負をするよう訴えかけるそうです。この五分平で争えば引き分けになる可能性が高いのですから、勝負を受けてくれればしめたものというわけなのです。反対に自信のあるものは、この地での勝負をできる限り避けようとします。五分平に誘い込まれて引き分けたら、それは負けたも同然なのです。

 高い確率で引き分けになるこの五分平の地も、このような使い方をされたら、実質的には勝ち負けが決まってしまうようなものです。人知を超越した力を持ったものが用意してくれたこの引き分けの地が、結局、勝ち負けというものに絡め取られてしまっているわけです。もしかしたら人間の業というものは、それほどまでに深いものなのかもしれませんね。


作品名:火曜日の幻想譚 Ⅲ 作家名:六色塔