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火曜日の幻想譚 Ⅲ

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310.ザ、失業者



 会社をクビになった。といっても、既にこっちも嫌気が差していたし、辞めるのは時間の問題だった。

 40過ぎで無職になりましたとあっては、嫁から三行半を突きつけられてしまう。仕方ない、雇用保険でしばらくの間ごまかすしかない。なあに、訳あって減給されたとでも言っておけば、額の多寡はどうにかなる。

 さて、次の就職先を探さねばならないが、当然のように見つからない。ハロワから応募しても、就職情報誌から連絡しても、街の張り紙を見て飛び込んでも、転職エージェントとかいうのを使ってみても、首を縦に振ってくれる人はいやしない。次第にやる気が失せ、募集要項を見るのも嫌になっていく。

 家にもいられない、就職活動もしんどい。そうなると、どこかに居場所を求めるようになる。しかし、40代のおじさんに世間の居場所などありゃしない。平日、街を歩いているだけで通報されそうな勢いだ。
 ここまで来るともうどうしようもない。人気のない公園でブランコに座って一日を過ごすようになる。親御さんも子どもたちもいない、誰にも必要とされていない公園に自分の姿を重ねつつ。
 そろそろ、保険も来れる頃。仕事だけでなく、家庭も失う時が来たかとうなだれたその時だった。

 パシャリ。

 公園の入口で何かが光る。目を向けると、カメラを持った男。どうやら、くたびれきった俺の写真を撮ったらしい。ばかにしているのかと腹立たしくなったが、もう怒る気力もない。好きにすればいい。そんなふうに思っていたら、数日後、その写真がとある雑誌の記事のイメージとして載っていた。

 どうやら、俺は、ザ、失業者という顔つきで、ザ、失業者という身なりで、ザ、失業者とばかりにブランコに座ってうつむいていたらしい。典型的なザ、失業者だったというわけだ。

 それが今の世知辛い世間のツボにはまったらしく、その雑誌は飛ぶように売れた。おかげで俺は、ちょっとした有名人の仲間入りをすることになったんだ。

 きょうも俺は失業者代表として、インタビューを受ける。ただ、それっぽかった写真を撮られたというだけなのに。今では失業者稼業も堂に入ったもんだ。事情を知った嫁も結果が出てるなら頑張って、と応援してくれている。

 会社づとめをしている頃は、自分が失業者に一番向いてるとは夢にも思わなかったよ。なんでもやってみるもんだね。


作品名:火曜日の幻想譚 Ⅲ 作家名:六色塔