火曜日の幻想譚 Ⅲ
356.ドッペルゲンガー
ドッペルゲンガーとは、自分自身と全く同じ姿の物体が現れるという現象のことだ。
実際に見たという人物もいるし、その様子を克明に書き下ろした記録も存在する。自分が現れるというのは不可思議な現象なので、よく物語の題材にもなっている。
さて、そんなドッペルゲンガーと出会ってしまったら、どうすればいいだろうか。いや、どういう話をしようとか、本人が見ると死ぬとか、そういうのは取りあえずどうでもいい。それよりも、もっと由々しき問題が、私とドッペルゲンガーの間にはあるからだ。
先述の通り、ドッペルゲンガーは自分自身と同じ姿で現れる。複数の証言があるそうなので、そこにうそはないだろう。しかし、私が私に「何らかの偽り」を施していた場合、ドッペルゲンガーはそれをまとってくれるのだろうかという問題だ。
あまり言いたくはないが、上記の説明ではまどろっこしいので単刀直入に言おう。私ははげた頭部を隠すために、かつらを着用しているのだ。もし、ドッペルゲンガーが私と同じ姿で現れるなら、頭部のオプションも込みで出てきてくれるかどうか、それを心配しているのだ。
それだけではない。私は趣味で女装をたしなんでおり、女装名をエリカという。だが、女装をした私のもとに現れるのは、私、桜井尚治のドッペルゲンガーなのか、エリカのドッペルゲンガーなのか分からない。
ここんところを間違えて、衆人環視の中、出てこられると非常に困る。ドッペルゲンガーのせいで、いろいろなものを一気に失いかねないからだ。
ドッペルゲンガーを見ると死ぬ、それは甘んじて受け入れよう。だが、私はこの二つの秘密を絶対に墓に持っていきたいのだ。ドッペルゲンガーよ、出現するのならせめてTPOをわきまえてほしい。