火曜日の幻想譚 Ⅲ
316.鬼の居ぬ間の洗濯
ルンルン気分で会社を定時退社し、スナック菓子やチョコレートを買い漁って帰る。誰もいない真っ暗な家のドアを開け、部屋着に着替えるとすぐ、ゲーム機の電源を入れた。
夏休みということで、嫁と息子は実家に帰っている。わが家には俺だけ。ここぞとばかりに、なけなしのこづかいでゲームを購入し、寝る間を惜しんでプレイしているところなのだ。
菓子を頬張り、甘ったるい炭酸飲料で流し込みながら、セーブデータをロードする。そうだった、中ボスに手を焼いている間に、寝落ちをしてしまったんだった。
「近くのダンジョンで、少しレベリング、すっかな」
誰もいないのに、つい言葉が出てしまう。
鬼の居ぬ間の洗濯。こんなふうに言ったら嫁に怒られそうだが、まさにこの言葉がよく似合う。こんな体に悪いものは、そう何日も食ってられないし、たまには自作もしないと腕が鈍ってしまう。洗濯も掃除も、二人が帰ってくる前日にやればいいが、あまりに手つかずだとそれはそれで困ってしまう。
この境遇を同僚に話したら、したり顔で言い返された。
「そんな事をしていたら、体を壊すぞ」
そりゃあ、こんな事をずっと続けていたら、体を壊す事は誰だって分かる。だが、禁欲的な生活をひたすら続ける人生と、時たま、体に悪いことをして定期的にストレスを発散させる人生。どちらがより長命になるのかは、頭の悪い俺には分からない。
それに長生きっつっても限度があるだろう。引き際が肝心ってのは、何も恋愛とかだけじゃなくて、人生にも言えることじゃねえのかな。もちろん実際に死ぬ時は、そこまで割り切れないだろうけどさ。
先を見通しすぎると足元がおぼつかなくなる。たまには、足元の花を愛でるのもいいだろう。ようやく中ボスを倒して、佳境に入っていく物語に心を奪われながら、俺は5枚重ねのポテトチップスをバリバリかみ砕いて飲み込んだ。