火曜日の幻想譚 Ⅲ
318.タマムシ
田舎の生まれである私は、小さい頃、家の近くの森でばかり遊んでいた。
来る日も来る日も家の近くの森へ行き、日が沈むまで帰ってこない日々。中学を出るぐらいまで、ずっとそんな生活を送っていたのだ。
もっとも、森へ行って特に何かをするわけではない。ただ、五感で森の息吹を感じ、それに身を任せるだけ。だから遊ぶというよりも、森が部屋の一部であり、リビングのようなものだった。そんな生活をしていたものだから、当然、森の中でいろいろな動物や昆虫に巡り合う。くまのような危険なものはさすがにいなかったが、きつねやりすなどはちらほら見かけたことがあったし、虫のほうではカブトムシやクワガタムシなどは、夏場に行けば嫌になるほど手に入った。それを自分で育てたり、友だちに渡したりといったことを日常茶飯に行っていたのだった。
そんなある日のこと。私は、何かとても大切なものを手に入れたので、それをどこにしまっておこうか考えていた。部屋の中じゃダメだ。学校に置いとくわけにもいかない。さまざまに思考を巡らして考えあぐねた結果、日頃、お世話になっている森の中に隠すのが一番いいだろうと考えた。私は早速、日頃、訪れている森を訪ね、どこか適当な場所を探し始める。ここではすぐに見つかってしまう。ここでは雨水がしのげない。ああでもない、こうでもないと考えながら場所を探していき、森の奥の奥、恐らく私しか足を踏み入れたことのないであろう地に、やっと手頃な大きさの木の洞を見つけたのだった。私は、ここをしまっておく場所と決めると、大切なものをその樹洞にしまって、森を後にした。
それから十数年。情けないことに、その大切なものが何なのかを失念してしまった。まあ、中学生の頃のことだし、仕方がないことだろう。だが、その何かを隠した樹洞の形や場所は、なぜか今でもはっきりと覚えている。月日がたった今、あらためてそれが何だったのか確認するのも悪くはない。そう思った私は、会社に有休を申請して、実家に帰ってきたのだった。
到着した翌日、両親には特に何も告げずに森へと出発した。十数年という月日は、森の姿をすっかりと変えていたが、大木やけもの道といった大まかなところはそのままだった。
森を訪れて数時間後、記憶を頼りにどうにか樹洞のあった場所が見えてくる。遠目に見える程度から少しずつ近づいていき、洞の中に隠されていた物体もあらわになってくる。
「…………」
樹洞の中には、何やら白っぽい物体が折り重なるように置かれていた。それをよく見ようと目を凝らした私は、その場で固まる。
人骨。夥しいろっ骨などの上に、うつろな目をしたどくろがこちらをしっかりとにらみつけていた。それを認識した瞬間、私は「大切なもの」を思い出す。そう。告白をしてOKをもらった、雅代ちゃん……。総身に力が抜け、私はその場にへたり込む。そんな私を、相変わらずにらみつける雅代ちゃん。そんな彼女の眼窩から、一匹のタマムシがのそのそとはい出した。
タマムシは、漆黒の眼窩から七色の肢体をきらめかせ、スッと飛び去っていった。