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火曜日の幻想譚 Ⅲ

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358.粘着と切断の弁証法



 小さい頃、奇妙なくらいセロハンテープやシールなどのくっつくものが好きだった。

 工作をする際、セロハンテープを使いすぎて、母によく怒られたのをよく覚えている。シールも、数十円で買える駄菓子についているシールが大好きで、おこづかいをすぐ使ってしまい、やっぱり怒られていたような記憶がある。また小さい頃、プラモデルを作るのが好きだったのも、液体を塗って部品と部品をくっつける、接着という作業の魅力に取りつかれたからではないかという気が、今、思うとしなくもない。
 だが、別にこれは珍しいことではないようだ。「子ども テープ」で検索すれば、子どものセロハンテープの使い過ぎに悩むお母さんの嘆きが、ずらっと表示されるし、それらを丹念に読んでいくと、シールも同様に、部屋の至るところに貼られてしまい、悩んでいるお母さんが登場する。プラモデルなどは、ある程度の年の子ならだいたい興味を持つわけで、決して私が変わった幼年期を過ごしたわけではないだろう。

 では反対に、切り離すほうはどうだろうか。はさみやカッター、小刀など。小さい頃はけがをする可能性があったせいか、比較的安全なはさみ以外は、あまり触らせてもらえなかったような気がする。プラモデルを作る際、部品を切り離すのには刃物が必要だが、こちらも手でもいだり、そうでなくともはさみかニッパーを用いる場合が多かった。ナイフで切り口を整えるということは、比較的大きくなってからやり始めたような気がする。
 だが、今考えれば私はある時、異様にこれらの刃物が好きだったことがある。あまり言いたくはないが、いわゆる厨二病と言われている時期だ。普段からポケットに忍ばせるほどではなかったものの、わだかまりの多かった学生時代、嫌いな教師や陽キャなクラスメイトに対して、想像の刃物を振りかざすという妄想によくふけっていたものだった。ちなみに今は、そのようなことはあまりしない。全くと言い切れないところが、私が大人になりきれていない理由なのかもしれない。

 しかし、幼少期の粘着と、厨二病時の切断。これらが合わさって、今、私は生きている。何かをくっつけるだけでも、切り離すだけでも、人生は立ち行かない、その両方があってこそ人生なんだということを理解している。そのことを若年の頃に、感覚で覚えたのかもしれない。今はもうめったに使うことのない、傍らに置かれているはさみとテープをながめながら、私はそう思うのだった。


作品名:火曜日の幻想譚 Ⅲ 作家名:六色塔